見えない。










薇が愛した花嫁











ガシャァン。

何かとてつもなく大きなものが、どこかに激突した音が聞こえてきた。
ばらばらと降り注ぐ破壊された廃屋のコンクリートを避けるように一人の青年が軽やかに地面に飛び降りる。
ぼんやりと、空を見上げた。
満月を背にするようにひらりひらりと半壊した建物を飛び移る小さな影。
その影が、時折この世のものとは明らかに異なった姿をした何かに攻撃を加えているのが見える。
ガシャァン。
また、建物が一つ、崩壊した。

もうここは無人だからいいんだけどさ。

ため息と共にそんなことを思う。
先ほどから目で追っていた影が、くるりとこちらに目を向けた。任務完了の意を込めて、手で大きく丸をつくる。かすかに影が頷いたように見えた。

ひらり。

その影が、目の前に実に美しく舞い降りたのを、青年は無表情のまま見つめていた。

「・・・・怪我は。」

疑問系にするわけでもなく、ぶっきらぼうにたった3文字を呟く。
大丈夫、そう言って笑った小さな少女に、青年は目を合わせることもなくそれじゃぁ帰るぞ、と呟いた。
先に行って席を取っておくように少女に指示すると、何も返事を返さずに、少女は闇に消えた。

少女がいなくなったのを見て、青年はもう一度、破壊された建物を見た。
50mはあったであろうその建物は、今ではもう跡形もなくただの瓦礫と化している。大の大人10人が1日かかったって、ここまで破壊することはできない。





















探索部隊所属の、小さな少女。
彼が教団に入団してからすぐに、先輩から忠告を受けた。

彼女には関わらない方が良い、と。

特に悪い子だとは思えない。いつもにこにこと笑っているし、むしろ悲しみで満たされた探索部隊に、彼女のような存在は必要なのではないかと思っている。
教団で見かければ、花が咲いたように笑いかけてくれる。

それでも彼女の存在は、タブーとなっている。

わからなくもなかった。
教団にいる分には何も違和感を感じないものの、一度任務に出かければ、その異常さに目を見張る。
その華奢な体の一体どこにそんな力が溢れているというのか。
探索部隊は神に愛されたエクソシストではないのだから、AKUMAを倒すことはもちろんできない。攻撃をすると言っても、何か道具に頼ることが主だった。
それなのに。
少女はいとも簡単に、奴らを吹き飛ばす。破壊こそできないものの、その威力はどうやら尋常ではないらしい。
青年は一度、リナリー・リーというエクソシストと共に任務に出かけたことがあった。破壊する対象が、AKUMAでなければ、少女の攻撃力は彼女に劣るとは思えなかった。リナリーのようにイノセンスの力を使うわけではないのだから、あれほどの速さで移動したりはできないけれど、それでも少女の脚力は十二分に常人を超えている。だから、今こうして少女は先回りをして、汽車の席の確保に向かったのだ。

不思議だった。

何故イノセンスの力も使わないで、小さな子供が、あんなにも簡単に、破壊できるのか。

そして青年は知らなかった。

少女が人よりも優れているのは、何も筋力だけではないことを。

不思議だった。

何故彼よりも格段に力があって優秀な探索部隊の先輩が、あの少女を畏怖しているのか。

何故彼女の出生について、誰もが口を閉ざすのか。

青年には、8歳になる妹がいた。
少女に妹を重ねて、もう会うことのできない妹の代わりに、せめて少女に幸せになって欲しいと願っている。

ふと、少女の親について、質問したことがあった。

その面倒見のいい先輩は、一瞬何か恐ろしいものでも見るような目つきで彼を見た。
そして質問には答えずに、ぽつりと一言呟いた。










―あの子は、神に見放された子だよ。―










彼に意味を理解することはできなかった。


 
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青年て誰だろう・・・・

07年08月07日


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