過ぎていく。










薇が愛した花嫁











「は?誰かを救える破壊者になりたい?」

教団内の科学班の部屋にすっとんきょうな声が響く。
声が大きい!と口に人さし指を当てながらリナリーがその声の主、ラビを嗜めた。悪い、と辺りをキョロキョロと見渡しながら彼は言う。

「それ、誰に聞いたんさ?」

持っている本を、いわゆる速読と言われる速さをも凌駕するスピードで読んでいく。しかし彼と会話が続けられるということはまだそこまで集中はしていないのだということをリナリーはよく知っていた。
彼女自身も高い本棚の中から赤い背表紙の本を取り出してぱらぱらとめくった。

「神田よ。アレンくんとこの間任務だったでしょう?」
「あぁ、マテールの」

相変わらず異常な速さでラビの持つ本のページがめくられていく。
これできちんと内容が頭に入っているのだから、感心どころのレベルじゃない。

「それ聞いて、なんだかわからないけどすごく不安になっちゃって。同時にほとんど直感的に護らなきゃって思ったの」
「護るって・・・・・いくらリナリーが強いとは言え、あいつ男ですけど」
「わかってるわよそんなこと。でも、何でだろう、そう思ったの」

無茶しそうでしょ?と少しだけ悲しそうな目をしながらリナリーは言った。
ふぅん、そこで初めてページをめくり続けていたラビの手が止まった。彼は滅多に本を読む手を途中で止めたりはしない。食事の時間が来ようとなんだろうと読み出した本は最後まで読まなければ気が済まない質のはずなのだ。
リナリーが不思議そうにラビの顔を覗き込む。

「どうしたの?本、読むの止めるなんて珍しいね」

ラビからの返事は返って来なかった。
何かに集中しているらしい。大体は記憶を辿って思い出していることが多いので、今回もきっと本の内容に気になる箇所でもあったのだろうとリナリーは大して気に止めなかった。
ラビが戻って来るまでの間、手元にある本を読むことにする。
科学班の本棚に似つかわしく無いような内容の本だ。森の精霊と、そこに住む人間の少女の物語。小説が置いてあること自体が珍しいのに、さらに内容もおそろしく非科学的なファンタジーだ。誰が読むのかしら、とリナリーは知らず知らずのうちに首をかしげていた。

「あぁ、なるほど」

突然ラビがそう呟いた。
今回は記憶を引っ張り出すのにそんなに時間はかからなかったらしい。

「何が?」
「ん?あぁ、いや、なんでもないよ」

本の内容が少し気になっただけー昔どっかで聞いたなって。

やっぱり、とリナリーは1人納得した。もう一度、ファンタジーに目を戻す。
先程までの会話を忘れてしまったかのようにリナリーはその本に夢中になったようだ。
ラビは読みかけの本をぱたりと閉じるとリナリーに先に戻ると告げた。
本に夢中になっていたリナリーは、ラビが全てを読み終えることをせずに本を戻したことに気付かない。それは異例の事態だった。それに気付いていれば、ラビが引き出した記憶は本に関することではないと、推測することができていたのかもしれない。
じゃね、短くそう言って小走りに部屋から出て行こうとするラビに、リナリーも短く返事をした。










「何の本を読んでるんですか?」

次にリナリーを現実の世界に引き戻したのは、アレンのその一言だった。
ぱ、と顔をあげると、にこりと微笑むアレンの顔が視界に飛び込んで来る。慌てて時計を見上げると、既に午後7時を回っていた。

「もうこんな時間!夕飯食べなくちゃ!」

ぱたむ、赤い本を閉じながらリナリーは勢いよく立ち上がる。
アレンはその様子を驚いたような顔をしながら見つめていた。

「いつから読んでたんですか?」
「え?あ、えっと、2人が帰ってきて1時間くらい経ってからだから・・・・3時くらいかな?」

面白いよ、と言ってリナリーはその本の表紙をアレンに見せた。赤に金の文字がよく映えている。
仕事に追われているリーバーにお礼を告げて、リナリーはアレンと共に部屋から出た。2人とも食事をまだとっていないために、揃って食堂へと向かう。廊下は自由時間を楽しむ探索部隊やエクソシストでごった返していた。近くにある談話室や娯楽室へと向かう者が多いのだろう。
アレンはその様子を興味深そうに眺めていた。こんなにたくさんの人がいるんだ、ぽつりと呟いた言葉にリナリーが反応する。

「意外?」
「はい。探索部隊の人がこんなにいるとは思いませんでした」

食堂に入ると、さらに中はがやがやとした雰囲気で溢れていた。ジェリーが他の料理人に何かを大声で伝えているのが入り口付近まで聞こえてくる。

「こんばんは」

アレンがひょこりと顔を出すとジェリーの顔が輝いた。

「あら?誰かと思ったらアレンじゃないの!あなたはちょっと待って頂戴、今一番混む時間帯だからあんなに一気に注文されたらうちのコックたちが泣いちゃうわ!」

苦笑しながらアレンは、はいと返事をする。席取って待ってますね?そう言って去ろうとするアレンを、リナリーは慌てて引き止める。

「待って!私も一緒に行くわ」

どうせなら一緒に食べたいし、そう言うとアレンは慌てて手をぶんぶんと何度も振った。先に食べてください!いいの、ほら行きましょう?
アレンの手を引いてリナリーはにこりと微笑んだ。反論などできるはずもない。アレンは申し訳なさそうに小さくなった。私が一緒に食べたいのよ、とリナリーが言ってようやくアレンも笑顔になる。

空いている端の席を選んで、2人は向かい合わせになるような形で座った。

「今日は、は一緒じゃないのね」

さりげなく、リナリーはアレンにそう尋ねる。

「さっきまで一緒だったんですけど、任務が入ったみたいで」

あんな小さな子まで頑張ってるのに、僕はまだ一回しか任務に行ったことがないんですよ!?少しだけ不満を露にしながらアレンは言った。
探索部隊とエクソシストではそもそも仕事の数が違うのだからそれは仕方のないことだとリナリーは心の中で思っていた。しかしきっと入団して間も無いアレンにはいまいちぴんとこないだろうと思い、それを彼に告げることはしなかった。

「アレンくん、は何歳だと思う?」

アレンのその様子からきっと相当小さい子扱いをしているのではないかと思ったリナリーは、気が付いたらそんなことを口に出していた。きょとんとした表情でアレンはリナリーを見つめている。

「え?ですか?えっと・・・・・6〜7歳くらい?」

やっぱり、とリナリーは小さく呟いた。誰がどう見たって彼女の年齢はそれくらいに見えてしまう。
きっとラビだっての本当の年齢を知らないだろう。神田あたりは知っているかもしれない。
物心がついたころから教団にいたリナリーはそれこそが生まれる前から彼女のことを知っていた。あの時は誰もが彼女の誕生を待ち望んでいたのを覚えている。リナリー自身も、妹のような存在が生まれて来るのを心待ちにしていた。

「リナリー?本当は何歳なんですか?」

不思議そうにアレンはそう彼女に問う。
言わないべきなのかもしれないと少しだけ思ったが、しかしとあれだけ関わっていれば、この先遅かれ早かれ、探索部隊の誰かから耳にすることは確実だ。それならば、とリナリーは決心したように口を開く。





は、12歳よ」





もうすぐ誕生日だから13歳になるけどね。
アレンは目を思いっきり見開いている。自分と2〜3歳しか違わないとは夢にも思わなかったのだろう。
どうして、と顔にはっきりと書かれている。どう考えても、の外見は12歳には見えなかった。

「・・・・・私も詳しいことは知らないんだけど、一度と任務に行っていれば、なんとなく察しはついたかもしれない。身体能力が異常に高いから、あの子。それこそ、大人の男の人と変わらない、むしろ上回るほどにね」

目線をアレンには向けずにリナリーは小さな声でそう呟いた。どう返事を返せば良いのかわからないのか、アレンは黙ったままだ。
周りを行き来する探索部隊の人たちの声が少しずつ消えていくような錯覚に襲われる。
話すなら今だ、と思う反面、引き返すのならここだ、という思いもあった。
話すことで一体自分は何を得るというのだろう。リナリーは躊躇っている自分にそう問いかけた。
わからない。
けれど。

「ここから先、聞きたい?」

しばらくアレンは動かなかった。
それでも最後には、小さくこくんと頷いた。


 
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07年08月02日


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