言えない。










薇が愛した花嫁











アレンとは、ロンドンの街へ降りて来ていた。
教団内をなんとなくぶらぶらと歩いていると、それを見たリーバーが、科学班の買出しを名目に、外出許可をくれたからだ。
道行く人々は和やかの雰囲気をコートと共に身に纏い、足取りもどこか軽かった。
舗装された煉瓦の道を2人は歩く。
アレンの右手にはリーバーから預かったメモが、そして左手にはの右手が握られている。
は自分よりも大きな少年を見上げながら、嬉しそうに歩いていた。アレンも時々を見下ろしてはにこりと微笑む。
がやがやとした喧騒の中で、2人は特に会話をするわけではなく、ゆっくりと歩いていく。すれ違う人々に、仲の良い兄妹なのね、と言われる度に顔を見合わせて笑っていた。

「アレン、あそこに噴水があるよ!」

ふいに、がその高い声をあげた。
指差された方向を見てみると、確かにそこには透明で光る水の芸術が存在していた。
行ってみましょうか、とアレンがに提案すると、嬉しそうに首を縦に振る。アレンから手をぱっと放して駆けていく小さな少女を、少年は目を細めて見送った。

ふと、少女のさらに先に見知った姿があることに気づく。
できれば会いたくもないのだけれど、しかし何故あの人がこんな所にいるのかが気になってアレンはその人物に近づいていく。
残り10mほどの距離になった時に、ば、とこちらを振り向いた。





「・・・・・・・・・・何してんだモヤシ。」





あからさまに嫌そうな顔で神田は言う。
アレンも面倒臭そうにため息をついた。

「・・・こっちの台詞ですよ。僕はと買出しに来てるんです。」

アレンがそう言うと神田はこっちも似たようなもんだ、と目も合わせないで答えた。黒い綺麗な髪の毛を、どうやら今日は束ねるのも面倒だったらしい。無造作に風になびいている。

「・・・・・・・・・・・神田、一つ質問していいですか。」
「あ?」
「リナリーのことです。」

ぴくりと神田が反応する。眉間の皺が増えたように感じた。

「なんで俺に聞くんだよ。」
「残念なことに僕は入団して間もないので教団内の知り合いなんて数が限られているんですよ。」

許可を求めることもせずに、暖かい黄色に塗りたくられたベンチに座る神田の隣に、アレンは腰を降ろした。
が楽しそうに噴水を見に来た少女と言葉を交わしているのが目に入る。

「リナリーとの間に何かあったんですか?」

神田の方を見ることなどもちろんせずに、言葉だけでアレンは問う。
簡単に返答が返って来るとは思っていなかったため、神田がしばらく何も言わなくても、アレンはただじっと黙ってそこに座っていた。

が、リナリーを嫌っているとは思えなかった。
リナリーが、を見る時の目が、同情に近いものを含んでいることは、初めて3人で食事をした時に思ったことだ。それなのに、昨日のリナリーの目には明らかに恐怖が浮かんでいた。

もリナリーも、アレンは出会ってから日が浅い。

彼女たちの間に何があったのかとか、そもそも彼女たちが何故ここにいるのかとか、わからないことだらけで、考えることは全て信憑性のほとんどない、憶測にすぎなかった。
だから、何をすればいいのかわからないのだ。



「・・・・・・・直接何かあったわけじゃねぇよ。」



ふいに、それまで口を真一文字に結んで前を見つめていた神田がぽつりとそう言った。
アレンは訝しげに眉を顰めながら神田を見る。

「どういう意味ですか?」
「そのままだ。」

む、とアレンが顔を曇らせてみても、神田はそれ以上は何も言わない。
はぁ、と大きくため息をつくとアレンはすくっと立ち上がった。

「じゃぁ質問を変えます。はどうして僕に懐いているんですか?」

そう問うと、神田は驚いたように目を見開いた。
何かおかしなことを言ったかな、とアレンは心の中で首を傾げる。
しばらく時が止まったように神田はその体勢のまま動かなかったが、は、と自嘲するように息を吐いた。

「・・・・・・・なんですか。」
「おめでたいな、お前。」
「・・!?な!何でそんなこと言われなきゃならないんですか!」

アレンが噛み付くようにそう叫び終わるころには、神田は既にベンチから立ち上がって帰ろうとしていた。
ちょっと!アレンがそう呼び止めてももう振り返らない。人ごみに紛れていく彼に、アレンは思いっきり顔をしかめた。
追いかけていって問い詰めてやろうかと構えたところで、後ろから誰かにコートをひっぱられ、我に返る。





「アレン?」





下を向くとそこには不思議そうな顔をしたが立っていた。

「どうかしたの?」
「なんでも、ないですよ。ちょっと知り合いがいたんで声かけたんですが・・・やっぱり会わなければよかった!」

憤慨したようにそう言うアレンを見て、はすぐに神田のことを言っているのだと気づいたが、名前は口に出さないでおく。

「その人に、何か言われたの?」
がなんで僕に懐いているのかなって質問したんですよ、そしたらおめでたいやつだなとか言ってき・・・・!」

しまったと言うように、アレンは慌てて口を塞ぐ。
目の前に本人がいるのに一体今僕は何を言ったんだろう!ちらりとの様子を窺うと、ぽかんとした表情でアレンを見上げていた。
どうしよう、へなへなと地面に座り込む。頭を抱えて悶々と考えていると、突然上から甲高い笑い声が聞こえてきた。

「・・・・?」

おそるおそる見上げると、お腹を抱えて笑っている小さな少女が視界に入る。

「あははは!アレンってば・・おっかしー!本人に・・言ってどうするの?」

おっかしー、再びそう言って目に溜まってしまった涙を拭う。
今度はアレンが、ぽかんとした表情になってを見つめる番だった。

「あー、笑った・・。大体さー、好きじゃなかったら懐かないし、側にも行かないよ?」

アレンだってそうでしょう?は笑いを抑えながらそう言う。
よかった、とアレンはに気づかれないようにため息をついた。



そう受け取ってくれたのなら、それでいい。



きっと、神田はこうは受け取らずに、ちゃんとアレンの意思通りの意味で解釈してくれたのだろう。だからこそ、おめでたい、などという言葉を発したのかもしれない。アレンにとってはそれが不満で仕方がなかったけれど。

「〜〜〜〜っ!!いつまで笑ってるんですか!ほら!買い物行きますよ!」

未だに笑い続けている少女の手を乱暴に掴むと、いつの間にかできていたひとだかりを掻き分けるようにその場から立ち去った。










その様子を、影から見ているものが2人。

「へぇ。始めてアレン・ウォーカーを間近で見たけど、なんとなくユウの言いたいことがわかった気がするわ。」

右目に眼帯をした赤毛の少年、ラビは興味深そうにそう言った。建物の影に隠れるようにしゃがんでいる。
隣には仏頂面をした神田ユウが立っていた。

「ありゃ、ユウちゃん、何でそんな不機嫌なん?」
「・・・・お前、何を企んでるんだ?」

睨みつけるように神田がラビを見下ろすと彼は少しだけ肩を竦める。

「別に?ただ単に俺の大好きなリナリーとユウの望むままに動いているだけですけど?」
「・・・・・・嘘つけ。」
「心外だなー。ほんとなのに。今だって現にこうして、なかなか立ち直らないリナリーのためにユウと一緒にリナリーお気に入りの紅茶を買いに来てるわけだし?」

ギロリ、再び神田が睨みつけると、ラビは両手を上げて立ち上がった。
しばらく何も言わずにラビを睨んでいた神田だったが、どうやらラビは何も言う気がないらしいことに気づき、ふい、と視線を外して歩きだした。
人がざわめく喧騒の中心から遠ざかるように進んでいく。

「そういやさー。」

10分程歩いたところで、当然のように付いてきたラビは思い出したように口を開いた。

「さっきアレン・ウォーカーと何話してたん?」

ぴたり、動いていた足をそこで止める。
ぶつかりそうになったらしいラビが、後ろで変な声を出して何か言ったが、それは無視して放っておく。

「・・・何で自分には懐くのか、と聞かれた。」

吐き捨てるように短くそう言う。

「・・・・・・・・・へぇ、そりゃまた面白いこと言う子さね。」
「だからめでたい奴だなと言っておいた。」
「うん、それでいんじゃね?うーん、しかしそっか、アレン・ウォーカーもが異様に自分に懐いていることには気づいてんのか。」

悪巧みを思いついた子供の様に楽しそうな表情でラビは言う。





「重いってか。」
「たぶんな。」





は、滅多にしない笑い方をしたラビに、神田は少しだけ眉を顰めた。
それ以降はお互いに特に何も言うことなく、歩いていく。

周りを取り巻く人々の楽しそうな声さえも遠ざかっていくような感覚の中で、神田は小さく舌打ちをした。

自分たちの真上に輝く太陽から生み出された影に、一種の嫌悪感を抱きながら。


 
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07年07月28日


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