わからない。










薇が愛した花嫁











「リナリー、大丈夫だったかな。」

もう大分冷え込み始め、そろそろ町も秋一色になろうとしている。木々も完全に衣替えを終えたようで、赤や黄色の鮮やかな色彩に包まれていた。
しかし残念ながら黒の教団は相も変わらず殺風景な閑散とした雰囲気を纏っている。
パタパタと飛ぶティムキャンピーの羽音と通り抜けていく乾いた風の音だけが響いていた。

「心配だよね。いつもリー姉は科学班を手伝って寝不足になっちゃうんだよ。」

倒れない程度にだけど、とはそう付け足した。大方、あの妹を愛して病まない兄が何か関係しているのだろう。

「そういえば、はさっき何しに行ってたの?」

アレンはいつの間にか消えて、いつの間にか戻ってきていた少女の顔を覗き込むようにしてそうたずねた。
えー?とはきょとんとした表情になる。

「だってさっき出ていったでしょう?」
「あー、うん。ちょっと報告に行ってきたの。」
「報告?」
「うん。」

がそこで会話を止めたと言うことは言いたくない内容なのだろうか?アレンはそれ以上は何も追及しなかった。
そもそも自分だってがいなくなってからすぐにコムイのところに行ってきたことを秘密にしている。

リナリー。

もう一度頭の中でその名前を呼んだ。





―リナリー?昨日は手伝ってもらってないけど。―





どうかした?と不思議そうに首をかしげるコムイが浮かんで消えた。
あの言葉はつまりそのままの意味だろう。

リナリーは科学班の手伝いなどはしていなかった。

じゃぁ何でさっきあんな風に嘘をついたんだろう。

ぼんやりとアレンは考える。
人のいない食堂の出口を見つめながら、思い当たってしまいそうな嫌な考えを必死で打ち消そうとしていた。

「アレン?」

が心配そうに見上げている。

「何でもないよ。」

にこりと笑顔を貼り付けた。
この少女だけは悲しませたくないといつも思う。
後で神田か誰かに聞いてみることにしようと心に決め、少し散歩でんもしましょうか、との手を取った。
嬉しそうには返事をする。

「アレンアレン。」

二度、間隔を開けずにはアレンに呼びかける。
なんですか?とかがむように少女の顔を覗き込んだ。太陽の光が後ろから彼女を照らして、綺麗な色の髪の毛が、ガラスの陶器のような色を発している。
自身から光が放たれているように見えた。

「あたし、アレン大好きだよ。」

にこ、と笑う。
アレンはそれに答えることが出来なかった。















「・・・・・・・・・・・・で、お前らはなんで俺の所に来るんだ。」

勝手にノックもしないで入ってきた2人の見慣れた少年少女に神田は不機嫌なオーラを全開に発揮しながらそう告げた。
そのうちの少年――ラビの方が顔をあげてそれに答えようと口を開く。

「だってリナリーこんな状態だしさ、人来ないとこってここしか思い浮かばなくて?」

ユウ、皆から嫌われてんじゃん。

遠慮も何もあったものではない限りなく失礼な台詞をラビはいとも簡単に吐いてみせた。
そこまではっきりと言われてしまえばいっそ清清しい気分になってくる。
神田は黙ってラビを睨みつけた。

「はい、ユウ、客人にはお茶を出す。」

ほら、とかなんとか言いながら右手を差し出してくるブックマンJr.を神田は完全にいないものと見なした。
ラビの横でうずくまるような体勢のまま動かない少女を見る。
リナリー・リーはこの部屋にやってきてから一度も顔をあげなかった。
ち、と舌打ちをしてから、ベッドに腰を降ろす。寄りかかるようにうずくまっているリナリーのちょうど右隣に位置する場所だ。リナリーの左隣でラビは神田に向かって肩をすくめた。

「リナリー?落ち着いた?」

ラビが少し上から声をかけるとリナリーは小さくこくんと頷く。泣いてんのか?そう言う神田に、リナリーは首を横に振った。

「・・・・・・・・・・・・おい、何があった?」

視線をリナリーからラビに移して神田は問う。ラビはゆっくりと身を起こしながら神田に目配せをするように一度だけ彼を見る。
思っていた通りといえばいいのだろうか。
教団内で、幼い方であるはずの自分たちよりもさらに小さな少女を思い出して神田はため息をついた。

「・・・・・・・・・・・リナリー。」

久々に名前を呼びかけてみても、返事はない。
ラビが驚いたように目を見開いているのに気づかないふりをした。

「・・・・・・・・・・モヤシが、関係してんだろ。」

そう言えば、ぱっと少女は顔を上げた。
顔にはっきりと、どうして、と浮き出ている。

「見てりゃわかる。」
「さすがリナリーと長く一緒にいただけありますねユウちゃん。」
「黙れ刻むぞ。」

ラビの軽口に釘を刺して、再びリナリーに視線を移す。
俯いたままでこちらからは顔がわからなかった。
神田が教団に来た時には既にリナリーという少女はここにいた。黒の教団にふさわしくないような柔らかい笑みで迎えられたことを思い出す。





そしてその横には、小さな小さな少女がいた。





まだ、言葉すらおぼつかないような年齢だった。

「・・・・・・・・・らび、かんだ。」

ぽつりと、聞き逃してしまうのではないかと思うような小さな声でリナリーは言う。
神田とラビはゆっくりと顔をリナリーに向けた。

「どしたさ?」

ラビがぽんぽんと頭を撫でるように2・3度叩く。
それに応えるようにリナリーは顔をあげた。てっきり泣いているのかと思っていたが、目に涙は浮かんでいない。

が、こわい。」

ぎゅ、と手をにぎり締めながらリナリーは言う。
その手は小刻みに震えていた。

「こわい?」
「・・・・・・・・・・・・・・うん。」
「なんで?」

リナリーは緩慢な動きでその場から立ち上がって窓へ向かう。
ガラスに手を当てて、そうっと空を見上げた。

一度、決心するように目を閉じて、口を開く。










「・・・・・・私の、理想を、平気で口にするから。」










―リー姉!―










笑いながら駆け寄ってくる少女を、抱きしめることだけはどうしてもできなかった。


 
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リナリーが思わぬことを口走ってくれました。

07年07月16日


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