渡さない。










薇が愛した花嫁











一見微笑ましい光景なんだけどなぁ。

ラビはブックマンと共に食事を進めながら、ぼんやりと自分たちとちょうど対極の位置で食事を取る3人の少年少女たちに目を向けていた。
リナリー、アレン、
隣に座るリーバー班長とその愉快な仲間たちが穏やかな目で3人を見守っているのが窺える。ついでに言うならめずらしくコムイも食堂に顔を出していたが、すぐにリーバーに見つかり、科学室へ引き返していった。

「なあ、じじい。」

目の前に座りお茶をすする自分の師にラビは尋ねる。

「なんだ?」
「アレン・ウォーカーってどんな奴なんかな。」

くるくるとスパゲティを綺麗に巻き取りながらラビは言う。

「ウォーカー?あぁ、時の破壊者か。」
「そー。ちょいと気になって。」

まだあの少年については何も聞いてないからな、とブックマンはそう言った。
たとえ何か知っていても、これ以上話す気はないのだろう。ラビも大人しく引き下がった。

だんだんと昼飯時に近づいてきたのか、食堂内がざわざわと活気づいてきた。
そうなると必然的にラビから見えていた3人も集まってきた人によって徐々に見えなくなっていく。
照明が明るいとはお世辞にも言えない教団だが、食堂だけは別のような錯覚を誰もが起こすのは、こうして人がたくさんいる時に感じる温かい空気のせいなのだろう。
挨拶をしてくる探索部隊の人間に、適当に手をあげながらラビはちらりと右を見た。

めっずらし。ユウだ。

いつもは人が多く集まる時間帯を避けてやってくる神田が目に止まり、ラビはフォークの動きを思わず止めた。さらに視線を神田の前に座る少女に移し、なんだと1人納得する。

「ラビ。先に部屋に戻っている。」

ガタンと音をさせながらブックマンは立ち上がる。ほいさ、と軽く返事をして、ラビは彼を見送った。

なーに話してんだか。

既に人影に隠れて見えなくなった少女を思いながらブックマン後継者は今日の夜は多分寝れないな、とため息をついた。












「え?じゃあリナリーとは一緒に任務したことないんですか?」

食事を終え、最後のお茶を飲み干してから、アレンは少し上ずった声でそう言った。そんなに意外かな、とリナリーは首を横にかしげる。

「だって私たち、両方とも女でしょう?危ないからじゃないかしら。」

ね、とにそう言うと少女は、そうだね、と同じく首をかしげながら頷いた。
昼時を過ぎた食堂には、所々に遅い昼食を取りにきた探索部隊の人たちがいるだけで、閑散とした雰囲気が漂っている。一時の盛り上がりとは大違いだ。
元々男の人というのは食事の後に残って談笑をする生き物ではない。
女性が圧倒的に少ないこの教団では、食事が済んでも残っている人は極端に少ないのだ。
こうしてたまに、リナリーや、数少ない女性エクソシストに巻き込まれて居心地悪そうに座る男性陣をたまに見かけるだけ。
というか実際はリナリーとその仲間たち(言ってしまえばティーンエイジャーだ)がそうしたお茶会をしているだけで、それ以外はほとんど見かけたことがなかった。談話室でチェスやらなんやらをしている男性ならば、よく見かけるけれど。

「そうですね、確かになんだか危険ですもんね。あ、じゃぁ僕とリナリーならあり得るのかな。」

嬉しそうにアレンは笑う。リナリーもつられてにこりと微笑んだ。

とも一緒に任務できるかな。」

横に座る小さな少女にアレンは視線を移す。
マフィンの銀紙が上手く取れないのか、あくせくしているの耳には届かなかったらしく、アレンは小さく苦笑した。

、取ってあげましょうか?」

ほら、と右手を少女の前に差し出す。そこで初めてアレンに話しかけられていることに気づいたのか、はぴょこりと顔を上げた。

「〜〜〜ん!じゃあお願いする。」

これくっついててマフィンも一緒に取れちゃうの!頬を膨らませながらは言う。
可愛いなぁ、とアレンがくしゃくしゃとの頭を左手で撫でると少女は、またそうやって子供扱いするー!と自分の頭の上のその手を振り払おうとした。しかしそれも簡単にかわされて、首に手を回され引き寄せられる。ちっちゃい!と嬉しそうに言うアレンに、は再び頬を膨らました。しかしその表情は満更でもなさそうで、アレンの腕の中ですぐに大人しくなった。

その様子をリナリーは正面から面白くなさそうに見つめている。

2人とも私の存在、忘れてるんじゃないかしら。

いつもはおいしいと感じるジェリー特製の紅茶もなんだか今日はまるで冷え切ってしまったかのような感覚で舌の上を滑っていく。
この気だるいような感覚は、きっと嫉妬と呼ばれるもの。
それがに対してなのかアレンに対してなのかなんて考える間もないくらい明白で。
リナリーは思わず漏れそうになったため息を慌てて喉の奥でかみ殺した。
大人気ないなぁ、と自分で思いながらも、もうどうすることもできない。



アレン・ウォーカーは、初めて出会った自分が守ってあげたいと思った人だった。
いつか壊れてしまいそうな少年。
まだ一度も共に任務になんて行ったことはないし、何もわからないけれど。
共に任務に行って来た神田ユウから聞いた、アレン・ウォーカーという少年のAKUMAに対するその思いが、リナリーに衝撃を与えた。
自分より幼いからなのかもしれない。
自分より戦場に慣れていないからなのかもしれない。
リナリー、と彼が笑いかけてくる度にリナリーは一層その思いを強くする。
使命感、と言ってもいいのかもしれなかった。
何がこんなに駆り立てられるのかわからない。

「リナリー?」

きょとんとした表情で下から覗き込むようにアレンにそう言われ、リナリーは慌ててなんでもないよ、と手を振った。
アレンの隣でも心配そうに見上げている。







この少女の恐ろしい程の純粋さがきっと、







こうやって今までもずっと人を。

















大 嫌 い 。

















「リー姉は、さっきあそこで何してたの?」

無邪気な様子ではリナリーにそう尋ねた。
上手く笑顔を繕いながらリナリーは適当な返事をする。

もう駄目だ、とリナリーは泣き出したいのを必死にこらえて俯いた。
大丈夫?と慌てて駆け寄ってきたを振り払ってしまいたい衝動が込み上げてくる。
の肩に左手を置きながら心配そうに声をかけてくるアレンを見ても何故か叫びたい程胸が締め付けられる。

一緒に食堂なんかに来なければよかった。

そう思ってももう遅い。

大丈夫だから、と小さくそう言ってリナリーはふらりと立ち上がる。
何が何でも2人から離れなければならない。

否、から離れなくては。

ついて行きますと追いかけてくるアレンとを手で制す。
実は兄さんの手伝いをしてて2日間まったく寝てないんだ、ごめん、ちょっと寝てくるね。
顔を上げて微笑めば、心配そうな顔をするものの、アレンとは寝不足だとわかってひとまず安心したのだろう。一瞬気を緩めた。
そこを見逃すわけにはいかない。
小走りに駆けて出口へ向かう。
不意をつかれたアレンとが何か叫んだのが聞こえたけれど、もう振り返っている余裕などまるでなかった。

今、振り返ったら、きっともう、笑えない。

一心に出口を目指して走り続ける。
食堂から解放されてすぐに右へ曲がろうと体を捻る。

ぐい、と誰かに引っ張られ、リナリーはがくん、と体勢を崩した。その後すぐに影に引き込まれる。





「・・・・・・・・・・・・ら、び。」





隻眼の少年が、神妙な面持ちでリナリーを見据えていた。

「ったく。何があったんさ。ひどい顔して―、」

ぎゅ、と抱きついてきたリナリーに、ラビは珍しく動揺もせずに腕を回した。



大嫌い。



どうしていつも私の大切なものを奪っていくの。



だけど綺麗なのはあなただから、



私は絶対に奪い返すことができない。



 
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なんだかラビとリナリーの雲行きが怪しいですね!(シリアスぶち壊し!)

07年06月30日


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