離さない。










薇が愛した花嫁











科学班の面々は、異様なこの部屋の空気にそろそろ耐えられなくなってきた。

「んー、リナリーのあんなとこ、初めて見たなー。あ、ユウは見たことある?俺より付き合い長いっしょ。」
「・・・・・・・・あいつがそんなしょっちゅう人のこと嫌いなんて言うと思ってんのか?」
「それもそうさね。でもだからこそ謎だよなぁ。だってリナリーだぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
って子、実はとっても腹黒いですとかそういうオチ?」
「知るか。」
「なんだよ、ユウちゃんのこと俺よりは知ってるんでしょ!」
「・・・悪い奴ではないと思うぞ。」
「ふぅん、それ、ユウの最大の褒め言葉だ。」

赤毛の少年と黒髪の少年は、2人揃って、微妙に深刻そうな顔をしながら(ラビの顔はそこまで深刻そうに見えないし、神田はいつでも眉間に皺が寄っているのでよくわからない)、先ほどリーバーが科学班のために入れた紅茶を啜っていた。目の前にはおいしそうなガナッシュが2つ。ラビが先に手を伸ばしてそれを食べた。





時を遡ること2時間前。

ついこの間超絶に忙しい時期を終えた科学班は、紅茶を飲みつつ、和気藹々と仕事を進めようと試みていた。たまにはこういうのもいいよなー、なんて誰かが言い出して、うっかり世話好きのリーバーが紅茶を入れてしまったのがそもそもの始まり。トレイに乗せて運んで来れば、先ほどの提案者と同じ声で、ごくろうさん、と聞こえた。
あれ。
リーバーは不思議に思い、顔をあげた。
そこにはブックマンJr.が嬉しそうに立っていた。
なんでお前がここにいるんだ、とリーバーが問えば、この間手伝ってあげたのはどこの誰だったかなー?とラビが言う。紅茶のカップを二つ取り、こっちはジジィの分ね、とかなんとか言いながら片方を隣にいる神田ユウへと手渡した。何企んでるんだ、ん?別にちょっと科学班の一角をお借りしようと思いまして?
言い終わるや否や、ラビはすたすたとソファに向かって歩き出し、何やら色々と広げ始めた。甘い香が部屋を包み、科学班のメンバーがそこを覗き込めば、最も甘いものが似合わない男がガナッシュを手に持ってラビに向かって文句を言っていた。



じゃ、俺ら今から大事なお話してるから、入ってこないでね、あ、聞いててもいいけど。



聞いていたいのは山々だったが、彼らは黒の教団総本部の科学班。仕事なんて腐るほどそこら中に転がっていた。

「リナリーが人嫌いなんて言ったの初めて聞いたぞ?何したんだ、。」
「俺に聞くな。俺だってあいつがそんなこと言ったの初めて聞いたんだ。」

ふうむ、とラビは考える姿勢を取って足を組む。神田は相変わらず仏頂面のままラビを睨んでいた。

さすがの科学班も、同じ部屋でそんな会話をされてしまえば気になって集中なんかできやしない。だってあの、天使のような微笑みで科学班を支えてくれる、リナリー・リーの話なのだ。誰もが気がつけば、彼らの話に耳を傾けていた。
しかし入ってくるなと忠告されているために詳細を聞くことはできない。
というか実は、ラビと神田は部屋の隅っこで会話を繰り広げているため、何の話をしているのかはまったくわからないのだ。ただ、時折聞こえてくる、「リナリー」という言葉に反応してしまうだけ。
仕事を一応こなしつつ、誰もが聞き耳を立てている。



なんだか異様な雰囲気だった。



「この間までは元気だったんだけどなー、ユウなんか心当たりねぇの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの馬鹿しかいねぇだろ。」

「は?」
「モヤシだよモヤシ。」

神田の顔がこれでもかというくらいに歪みだした。

「もや・・・・・・・?」

突然出てきたわけのわからない単語に、ラビは聞き返すことしかできない。彼の記憶が正しければ、神田の発した単語は食物の名前だったはずだからだ。

「アレン・ウォーカーだ。」
「あぁ。え、何でモヤシ?」
「うるせぇ。」
「あー、はいはい、何でもいいけど。で?何であの子が原因なん?ただの新人エクソシストだろ?に懐かれてる。」

思いもよらなかった人物の名に、ラビは少し驚いた。
確かに一応当事者に分類されるが、まだ知り合って間もなくの少年に、リナリーがあんな思いつめられるような要素が見当たらなかったからだ。

「確かにアレン・ウォーカーがここに来たとき、やたらリナリーは喜んでたけどな、だからって何で嫌いになっちゃうわけ?」
「お前はモヤシに会ってねぇからわかんねぇんだろ。それから、についても、よく知らないからな。」
「・・・・・・・・・・へえ。会えばわかんの?」

神田が他人に関してこんな風に話したのをラビは初めて見た。面白そうに口の端を、意地悪く上げる。
それを見た神田がため息と共に顔を上げた。

「モヤシは会わなくても見てりゃわかる。は会えばあいつがどれだけ歪んでるかよくわかるらしいぞ。」
「歪んでる?あの子が?」
「あぁ。リナリー曰く、純粋すぎて純粋じゃない俺らには歪んで見えるらしい。お前なんか歪んで歪んで歪みまくってるから、すぐにわかるんじゃねぇの。」

は、とラビは小さく笑った。
面と向かって歪んでいると連呼されれば笑いたくもなってしまう。

「じゃぁユウにはわかんないってか。」
「あ?」
「んー?何でもないさー。」

目の前の男が、自分よりも、さらに言うならリナリーという少女よりもまっすぐで純粋なことくらい、ラビには言うまでもなくわかっていた。



仕方ねえな、俺が動きますか。



そろそろ帰るかー、ラビが立ち上がると神田は何も言わずにそれに続いた。
科学班の面々は皆顔を見合わせて肩を竦めた。


















リナリー・リーは廊下に1人で立っていた。
否、1人というには語弊があるかもしれない。彼女から100メートルほど離れたところに明るめの茶髪の少女と、銀のように輝いて見える白髪の少年が立っているからだ。



リナリーは迷っていた。



このまま引き返すべきなのか、進んであの2人に声をかけるべきなのか。当初の目的などきれいさっぱりすっかり忘れ、この2点について真剣に悩んでいる。

アレンくんには会いたいけど、には会いたくないわ。

はっきりとしているのはこの2つ。
とすれば。

「アレンくんに会うのと、を避けるのと。」

この2つを天秤にかければ解決するのだ。
だけどリナリーは中々それを実行できずにいた。あまりにも答えが明白すぎて、かけるのが恐ろしかった。





だって、




「リー姉!」

はっとして我に返った。遠くからが呼んでいる。どうやらリナリーが迷っている間に向こうが先に気づいたようだ。
リナリーは心のどこかで安心した。
2つの感情を天秤にかけなくてすんだから。

「リナリー?どうしたんですか?そんなところで。」

の声に反応して、アレンも振り返り、その視界にリナリーを捕らえたようだ。太陽の光に反射して、その表情を見ることはできなかったけれど、きっとあの笑顔でいるのだろう。
一瞬ためらってから、リナリーは足を踏み出した。あの子に会うために、私は行くんだと言い聞かせて。

「これからと食事に行くんですけど、リナリーもどうですか?」
「いいねっ!初めてアレンに会った時みたいだね!」

ぱぁっと花が咲いたようには笑う。ヒマワリがよく似合う少女だった。

「そうね、混ぜてもらおうかな。」

リナリーは綺麗に微笑んで、彼ら2人の横に並ぶ。
アレンがお久しぶりです、と初めて会った時と同じように笑った。が隣で1週間ぶりだね、とにこにこ笑った。









咲いた花は青い薔薇。









摘んでしまいたいと誰もが願う。








あなたにだけは渡さない、と誰もが口々に言いながら。



 
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ラビと神田も仲良しだといい。

07年05月20日


薔薇が愛した花嫁TOP