言えない。










薇が愛した花嫁











アレンは誰もいない部屋の中でぼんやりとした表情で1点を見つめたままぴくりとも動かずにベッドの上にぺたりと座り込んでいる。
たまにティムキャンピーがまるでそうすることが義務であるかのようにアレンの頭上を5回転ほどする以外は、物音1つしていない。
彼のアイデンティティになりつつある綺麗な銀髪も闇の中に映えることなくそのまま同化してしまいそうだ。
体はまるで休みなしで労働し続けたかのように憔悴しきっていて、指1本動かすのでさえ億劫に感じられた。トレーニングをしたわけでもないのに、異常なまでに疲れきっている。
闇と同化するというよりも、むしろベッドに溶け込んでしまうのではないかと思ったほどだ。

しかし活動を完全に停止している体とは裏腹に、脳内は活発に動き回っていた。















の両親はね、科学班の人だったの―

リナリーはそう切り出した。予想通りと言えば予想通りだったし、思ってもみなかったと言えば思ってもみない展開だった。今までそんなことを考えたことはこれっぽっちもなかったけれど、しかし言われてみれば納得できてしまうような、そんな感覚。

―兄さんが来る前の科学班って、軍隊の研究所みたいだったから―

どういう・・・?アレンが理解できずにいると、人体実験とか普通に行われていたのよ、とリナリーは悲しそうに言った。咎落ちもたくさん見た、伏せ目がちにそう言う彼女に、アレンは咎落ちの意味を聞くことができなかった。

―多分、イノセンスを持つエクソシストと同等レベルの力が欲しかったんだと思う―










人 間 兵 器 。










それは、神から戦うことを命じられ、その運命に翻弄されるエクソシストにも言えること。

が実際の年齢より小さく見えるのは、小さいころに薬物投与や実験を繰り返したせいだと思うわ―

アレンはどう返事を返せばいいのか、皆目見当がつかなかった。
ただ曖昧に笑って見せると、リナリーが一層悲痛な顔をしたので、とっさに視線をずらしたのを覚えている。
この時、食堂に人はいなかった。もしかしたら、入り口から中を覗いた人たちは、2人の異様な雰囲気に、入って来れなかったのかもしれない。

の両親は、そういうことに反対しなかったんですか?いくら科学班勤務だったとは言え、我が子がそんなことされるなんて気持ちの良いものではないでしょうに―

アレンが言うと、リナリーは困ったように笑った。

の両親は、別に夫婦でもなんでもなかったから―

漆黒のツインテールが綺麗に揺れる。アレンは眉根を寄せた。





―あの子は実験するために造られた子よ―





愛情なんて、あるわけがないじゃない。















「水、飲も・・・・」

アレンはようやく体をゆっくりと動かした。ひやりと冷えた床に足を乗せ、体重を移動させる。
がちゃりとドアを開けて廊下に出ると、廊下の端から人の話し声が聞こえた。
この間新調してくれたばかりのコートを羽織って廊下の奥へと進む。幼いころからの癖で、コートに付いている帽子を目深に被ってしまってから、ここではもう意味がないか、と苦笑しながら両手で外した。
すれ違う探索部隊の人たちに軽く会釈をする。皆俯き加減で、会釈を返してくれる人はいなかった。


誰か亡くなったんだろうか。


そんなことを思う。
AKUMAを破壊しる能力を持たない探索部隊はAKUMAと戦うことになれば命の危険がエクソシストよりもはるかに高い。その上、任務の数もエクソシストの何倍もあるために、限り無く死と近いところで戦っているのだ。しかし彼らのその現状はあまりエクソシスト側には知らされない。アレンは教団に来てからの短い間にそのことを学んだ。


が、しかし。

どうもそういうわけではなさそうだった。
ほとんどの者が俯いたままアレンの横を通りすぎることが多いのだが、あからさまな嫌悪感を示す者や、怯えたような目で彼を見る者もいる。





避けられている?





どくん。

心臓が波打つのがわかった。
教団に来た初日の神田の態度を思い出す。
はっきりと、呪われている、と口にされたのだ。普通に考えれば神田の態度の方がひどいものだったはずなのに、何故か今の状況の方がアレンには堪えた。

勘違いだ。考え過ぎだ。

アレンはそう自分に言い聞かせた。
突き当たりを曲がり、食堂へと足早に向かう。
もう、すれ違う人たちに会釈をする余裕など残っていなかった。
ダン!足を片方食堂へ踏み入れる。





ざわり。





全身が泡立つような錯覚。
いくつもの目が、彼に注目し、一瞬でそれは終わった。

「ぅ・・・・・ぁ・・・・」

全てものが逆流してくるのではないかと思った。
一目散に元来た道を駆け出す。



これくらい、慣れている、はずなのに。

避けられる?

そんなこと日常だったじゃないか。

しっかりしろアレン・ウォーカー。



あの目、は、化け物でも見たような、目だった。



−アレンくん!−



少女の声が頭に響く。



−おかえり−



温かい声が遠のいていく。










勘 違 い を し て い た の は 誰 だ ?










−アレン!−

小さな少女の声が弾けたように頭の中を駆け巡った。



割れる!



キィン、と響く機械的な音を最後に、アレンの意識はぶつりと途切れた。




















「ユウ?どしたさ?急にドア開けたりなんかして。なんかいた?」

扉を開けた神田が部屋の中に引きずり込んだモノを見て、ラビは目を見開いた。





「アレン・ウォーカー?」





 
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07年09月17日


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