止められない。










薇が愛した花嫁











どさりと乱暴にベッドに放り込まれた白い少年は、驚くほど衰弱しきった顔をしていた。おそらくは、内面的な部分で。
ラビはちらりと神田を見たが、一瞥されただけで、彼は何も言わなかった。
団服を羽織る神田を見て、ラビは眉根を寄せた。

「どこ行くんさ?」
「コムイ」
「なんで?」
「こっちの台詞だ。なんで俺がこいつを預かっておく必要があんだよ」

ぶっきらぼうに言う友人に、ラビは思わず失笑が漏れた。
心配ならば、そう言えばいいのに。

「俺が行く」
「はぁ?」
「無理だよ。俺、アレン・ウォーカーが目覚ましたらどうしていいかわかんねぇもん」

ドアに手をかけている神田の肩をぐいと思いっきり引っ張って向き合わせると心底迷惑そうな顔をした。俺だってわかんねぇよ、神田の無言の訴えは、残念ながら無視の方向だ。
ラビは神田に戻るように言う。しばらく沈黙した後に、大きく舌打ちをして神田はドアに背を預けるように座った。

「そもそもの問題として、何があったんかね」
「知るかよ」

食べかけだったオレンジをラビから受け取り、神田はそれを口に含んだ。俺にもちょおだい、ひらりと手を上げたラビに投げ返す。

「それわかるまでは、ちょっとここに置いておけば?」

ラビがそう提案しても、神田の表情は険しいままだ。

「・・・・・いつわかんだよ」
「俺がちょいと教団内見てきますよ。ユウが行ったって誰も何も言ってくれないだろうし?」

悪かったな!さらに機嫌を損ねた神田が言う。
薄暗い部屋の中をイライラとした様子で行ったりきたりする神田に、ラビは話しかけるのも面倒で、とりあえず放置しておこうと決めた。
吐き出した息が白い。
こんなに寒いのに、体はそれを感じない程冷え切っていた。かじかんだ手に目を移すと少しだけ赤みをさしていて、子供の頃を思い出す。



―リナリー・リーです。よろしくお願いします―



美しい、少女を思い出す。
神田の流れるように光を放つ黒髪をじぃ、と凝視しながらラビはできうる限りの速さで頭を回転させていた。



あまりにも滑稽で、笑ってしまうような物語。



「・・・ユウ」

ぽつりと呟くと、神田は足を止めてラビを振り返った。アレンが寝ているベッドの縁に腰掛けて、返事を待つ。顔をあげたラビの目が、とてもじゃないが気持ちがよいものとは言えなくて、反射的に睨み返した。

「んだよ」
「『誰かを救える破壊者になりたい』」
「・・・・・・・・あ?」

「これ、誰の言葉だと思う?」

質問の意図を測りかねた神田は、一瞬答えに詰まったが、すぐに短く返事をした。

「こいつだろ」

顎で、眠る少年を指す。
そうさね、ラビはそう言いながらくつくつと笑い出した。

こいつがわからない。

神田は面倒くさそうな目でラビを見た。教団にやってきた時からそうだった。へらへらと笑っているかと思えば、恐ろしいほど冷めた目でまるで見下すように教団の人間を見ている時もある。
始めの印象からは大分変わってきているものの、未だによくわからない。おそらく彼が変わったのは少女のため。少女の影響。少女がいたから。

「思い出したんさ」
「・・・・・・・・何を」
「とかなんとか言ってユウは最初っからわかってたんじゃねぇの?」

だってそうじゃなきゃあのばでちょくせつなぐってやればよかったんだ、ぴたりと止んだ笑いの後のその言葉は恐ろしい程嫌悪感が示されている。
す、と顔をあげたブックマン後継者の隻眼は、見たことがないくらい真剣だった。





「あれ、昔、リナリーが言ってたろ」





沈黙だった。
神田はラビの問いに答える気などさらさらなかったし、ラビもそれ以上何か言葉を発するのさえ嫌だった。
言わなくてもわかる。
彼女が、アレン・ウォーカーに執着する理由。
という小さな少女を嫌いだと言った理由。

そんな少女に対してラビが抱いた感情の名前も、

神田が感じた危機感の正体も。





という少女を中心に壊れかけた、3人と1人の絆も、おそらくはきっと。





きゃはは!扉の向こう側から聞こえてきた場違いなほどの明るい声に、ラビと神田は同時にそちらへ顔を向ける。
ゆるりとした動作で先に動き出したのは意外にもラビの方だった。おい、神田が声をかえても振り返らずにドアへと向かう。

「・・・・俺、アレン・ウォーカー、あんまり好きじゃない」

ラビが言う。
それに対して神田が、俺は大嫌いだけどな、と言うとラビは悲しそうに顔を歪めた。
ユウは優しいね、小さく呟いた言葉は神田には届かずに消えていく。

「あいつさえ来なけりゃリナリーが苦しむことなんてなかったのに」
「・・・・・・・」
「とーか思っちゃうわけー。はっ、俺最悪」

それは、リナリー・リーという少女を大切に思うからこそ生まれた感情であることは確かだった。確かなのに、それを肯定してしまうことは何故かひどく怖くて蓋をする。



愛とも嫉妬とも違う、もっと汚い感情。





「俺はさ、リナリーに幸せになって欲しいだけなんだけど」





がちゃりと扉を開けた。部屋よりも幾分か明るい廊下の光が線状になって部屋に差し込む。照らされた足元に視線を落としてラビは最後に一言置いていく。

ぱたんと閉じられた扉をしばらく黙って見つめた後に、神田は思わずため息を
ついた。どいつもこいつも、空気だけが抜けるようないらいらとした声でそう言って、ぎり、と歯をかみ締める。

アレン・ウォーカーとが出会ってから動き出していた歯車は、どうやら最悪の終わりへと向けて加速したようだ。

何となく、嫌な予感だけはしていた。

昔からリナリーがに怯えていたのは知っていたし、アレンと初めて任務に行ったその時から彼がリナリーとのお気に入りになるであろうことくらい、手に取るようにわかっていた。
それを見た、何者にも属さないはずの、傍観者のブックマンJr.が物事を最悪な方向へ持って行こうとすることも感づいていた。
しかし残念ながらそれを止める術を神田は持っていなかったし、また、そうしようとも思わなかった。
くだらないしがらみに巻き込まれるのはごめんだ。



寄り道をしている、暇などない。



その神田の真っ直ぐな信念が誰かを救う場合が多いのだけれど、もちろん本人に自覚はない。

神田は眠る少年の額に手を当てた。
少しだけみじろぎをしたけれど、そのあとはまた小さな寝息を立てて眠ってしまう。

『神田くん?ちょっと来てくれる?任務に行く前に話したいことがあるんだ。』

ゴーレムから聞こえてきたコムイの声に、いつもは覚えるはずの苛立ちが今日は無かったが、神田はそのことに気が付かなかった。









真っ赤なカーテンがゆっくりと上がる。

舞台上に役者たち。

介入する傍観者。

吐き気がするほど優しい少女。

真っ黒に染まった真っ白な少年。





最悪の加害者でありながら、最弱の被害者となる、少女。





観客席にはただ1人。

結末を知っている少年だけ。



 
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ラビリナ好きでごめんなさい。

07年10月07日


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