終幕のベルが鳴る。










薇が愛した花嫁











他人への好意とはなんて面倒なものなんだろう。

ブックマンの後継者は、あと一時間ほどで太陽が昇る時間帯に、一人談話室でぼんやりとソファに沈み込んでいる。珍しく科学班が誰も起きていない。科学室の並ぶこの階には、おそらく覚醒しているものはラビしかいないだろう。ラビの横には季節はずれのキンレンカが所在なさげに佇んでいる。既に生きること終えたかのように、倒れた花瓶からバラバラに床に散っているその様は、もはや佇んでいるなんて表現は正しくないのかもしれないけれど。
そろそろアレンとリナリーの旅立つ時間だろうか。ラビがリナリーを見送ってから彼此二時間は経っているのだから、むしろ教団外へとっくに出ていったかもしれない。

何でこんなにも面倒なんだろう。

ラビは再び答えの出ることのない禅問答のような未完成の問いを自分へと投げ掛ける。



リナリーからアレンへのそれも、

からアレンへのそれも、

ラビからリナリーへのそれも。



語彙力だけは自分の師匠にあたるブックマン以外誰にも負けないラビだけれど、残念ながらこの気持ちを的確に表す言葉は持ち合わせていなかった。





――アレンくんがに取られちゃうんじゃないかってそれだけがなんだかとても恐くて。

いつだったかリナリーが俯きがちにそう言った。ラビはそれを神田ユウと並んで聞いていて、今でもその瞬間を、リナリーが持っていた本の名前から神田がコート代わりに羽織っていた団服の皺の数まで鮮明に思い出せる。

――はっ、どこに行こうが知ったこっちゃねえよ。

神田はそう吐き捨てた。

――っていうかそもそもアレン・ウォーカーは俺らのもんじゃないっしょ。

ラビは諭すようにそう言った。
神田が内心そう思っていないことと、諭すように言ったラビが内心どうでも良いと思っていることをわかっていたのかわかっていないのか、リナリーは一瞬だけ哀れみのような視線をラビに向けた。その視線に不快感を少なからず覚えたラビは、神田を挟んでリナリーが見えない位置に経つと、ずるずるとしゃがみこむ。

――大体あいつはまだ12歳だぞ?
――アレンくんだってまだ15歳よ。私だって16で、ラビと神田だって18じゃない。

六歳違えばそれは決定的な違いのような気もしたけれど、それ以上の反論が面倒で、ラビは何も答えなかった。
人を好きだと言えるリナリーに嫉妬していたのか、リナリーに好きだと言ってもらえるアレンに嫉妬したのかラビ自身にもわからなかったし、それ以前に今まで堅く封印し続けてきた感情があふれ出てきていることに若干混乱していたこともあってその時は気付かないフリをしていた。





面倒だ。

長い息を吐く。
人間関係には今まで関わらずに生きてきた。それを今回積極的と言っても良いくらい自分から突っ込んで行っているのはこの面倒事をさっさと終わらせるためだと自分に言い聞かせている。そしてさっさといつもの日常に戻れば良い。

静寂に包まれていた闇の世界に、小さなパタパタパタという足音が聞こえてきて、ラビはゆっくりと椅子から立ち上がる。重く冷たい鉄の扉をなるべく音を立てないように開けて廊下に出ると、ぴょこんとラビの髪に近い色をした頭が動いているのが見えた。











声に出して少女を呼ぶ。何度も呼んだ名前のはずなのに、その音を舌に乗せるのはなんだか初めてのような気がした。くるりと振り返ったはラビを見つけて嬉しそうに笑う。

「ラビ兄!今ね、任務に行くアレンと偶然会ってね、そこまで一緒にきちゃった!」

いいでしょう!は得意げな表情だ。よかったねーとラビはぐりぐりとの頭を乱雑に撫でる。小さい子にこうしてしまうのはおそらく常識に近いのだろう。ラビも例外でなかった。

「ふふっ、あのね、ラビ兄に教えてもらったあれ、人に言っちゃいそうになるんだけど、でも我慢してるんだよ。だってそうしないとアレンをびっくりさせられないし。ユウ兄に言いそうになったけど大丈夫だった!」
「あははー気を付けろよ?」

ユウに言ったら俺が殴られっからー、ラビはの目線に合わせるように中腰になった。
ガタガタと音がする。一つ下がった階でジェリーが朝食の準備でも始めたようだ。さらさらと揺れるの髪に手を延ばしかけて、自分にはそんなことをする資格はないのかもしれないと自虐的な思考の末に触れることはしなかった。





「さようなら、ラビ兄」





小さな少女はそう言って闇の中へ消えて行く。










「バイバイ、










 
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ツッコミ大歓迎。

08年06月12日


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