終わりに向かう。










薇が愛した花嫁











エクソシストが任務に向かうのは夜が多い。教団本部を公にするわけにはいかないからなのだろうか。闇に紛れて出ていけば、確かに人目にはつきにくい。
そんなわけで、神田ユウの今回の任務に関しても例外であるわけもなく、彼は夜更けてから自室を出た。デイシャたちと合流するのは、地下にある水脈だ。

バサリと団服を羽織ると、神田はゆっくりと廊下を進んだ。
ほとんどが眠っている、というわけでもなかったが、どちらかと言えば眠っている人間の方が多いこの時間帯。神田は無意識のうちに足音を殺していた。別にうるさくすると周りに迷惑がかかるとかそんな理由ではなく、ただ単に自分の足音がやたらと響くのが不快だからだ。
階段を一段飛ばしで2階分降りたところで、神田はゆらりと動く影を見た。いつもならば、別段気にすることもなく綺麗に無視を決め込んでいたであろうが、この時ばかりはそういうわけにはいかなかった。
その動く影が、教団にいるにしては小さく、そして最近ではすっかり見慣れてしまったオレンジに見えたからだ。
面倒ごとにこれ以上関わる気などないのだけれど。
何故か自然と足は階段を下るのを止め、その影へと近づいていく。

「ユウ兄!」

嬉しそうに影――は振り返った。神田はろくに返事もせずに、さらに近づいていく。

「ユウ兄、これから任務?大変だねぇ」

は無邪気に笑った。
ここには月明かり以外はほとんど明かりと呼ばれるものはない。探索部隊が寝泊りする部屋とは対角線上にあたる。
なぜこんな時間にこんな場所にいるのだろう。
神田は訝しんだ。
子供の出歩く時間ではないとかそんなことを言う気は毛頭ない。この黒の教団では大人と子供の区別など無用だろう。神田を含めた十代の若者を憐れむ大人もいるが、とにかく神田はそんなことを思わなかった。
とてもわかりやすい世界だ。強きが生き、弱きが死んでいく。

「・・・ラビに、何か言われたのか」

神田は目の前の少女を見つめながら小さく言った。

何かが違う。

を目の前にして、神田はそう思った。
元々禁忌の存在として、扱われてきた子どもだ。
その存在自体に、何かを感じるのは当たり前なのだけれど。

だめだ。

そう思う。

もう、取り返しのつかないところに、この子は来てしまったのだと、何故か悟ってしまう。

「ふふ、内緒―!いいこと、教えてもらったんだー」

小さな人差し指を口元に当てて、可愛らしくみせても。

かつて、リナリーもラビも神田も、皆が一度踏み入れかけたその道に、もうこの少女は入ってしまった。
自分には、やるべきことがあった。
リナリーもラビも、そのために踏みとどまった、その道に、




この少女は行ってしまう。




だからどうしたと神田は冷笑する。踏み止まる間はおろか、振り返る間すらが惜しい。
まっすぐに進むと決めた道は、想像以上に過酷だった。目的以外に、気を取られるつもりはない。
与えられた任務を着実にこなすこと。
これが、今自分のすべきことなのだ。
そうして現状を思い返す過程で、自分の部屋に放置してきた少年を思い出して、神田の顔はみるみるうちに歪んでいった。はそれを面白そうに眺めながら、「ユウ兄が百面相してるー」などという神田にとって不愉快極まりない発言をした。

じっとを見つめる。

が今回取った行動は、リナリーに、どうやら絶大な効果をもたらしたらしい。
リナリーがそんなに弱いとは思えないし、ラビにしたってアレンにしたって、あんな噂くらいで折れたりするとは考えられない。
だから神田は、あえてそのことには触れなかった。
それに、この世の中は、上手い具合に釣り合いの取れるようなシステムになっているのだ。

因果応報。

にも、それなりの天罰が下るだろう。
神に愛された、呪われた子どもを、奪おうとしているのだから。

「じゃぁユウ兄、任務頑張ってね!」

はその小さな頭をぴょこりと一度深く下げると、暗い廊下へと戻ろうとした。
咄嗟に、呼び止めてしまう。なぁに?と大きな目を広げて見上げるから視線を逸らして、神田はともすれば聞き逃してしまうような小さな声で、へ一言。





「あいつに何言われたのか知らねえけどな、気にすんじゃねえぞ」





はきょとんとした顔を見せた。しかし神田にはこれ以上説明する気などまるでない。今度は神田が踵を返すと、階段を再び下り始める。
言っても無駄だってことはよくわかっているし、どうなろうと知ったこっちゃないのだから、どうだっていいと神田は思う。
今度こそノンストップで地下水脈まで一気に駆け下りた。
灯りの元へ、足を一歩踏み入れて、右に人の気配。

神田にもちろん気づいているはずなのに、その人物は一言も発さなかった。



「・・・んだよ」



神田が舌打ちとほとんど同時にそう言うと、彼は笑った。

ラビだった。

に何言ったん?」
「そりゃこっちの台詞だ。お前、、どうするつもりだ」
「どうするも何も?俺はアドバイスしてあげただけだし、これからどうするかはあの子次第っしょ」

けらけらと、またラビは笑う。
よく笑う男だ、と神田は呆れた。2年前も、こうしてへらへらと笑っていた。

「ユウがここに戻ってくるころには全て終わってるかもね?」
「・・・・・勝手にしろ」

「俺はもう行く」、任務へ、と続くのか、それともこの茶番劇から降りることを示しているのか。
言った神田本人にもよくわからなかった。



 
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08年02月26日


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