夢を見る。 薔薇が愛した花嫁 コムイから一通り任務の説明を受けた神田は、今回の任務のパートナーと共に廊下を歩いていた。ざわざわしてるね、隣を歩く少女がぽつりと呟いた言葉に神田は小さく舌打ちをする。 動きだした、と。 あぁめんどくせー、神田は誰に言うわけでもなくぶっきらぼうに吐き捨てた。隣を歩く少女はさして興味がわかないのか、返事もすることなくただ前を見つめたまま歩いていく。 「が、異常にアレンに執着してるって聞いたけど」 こうして、普段は我関せずと生きているエクソシストたちの話題に上る程度には、とその周辺の話は広がっている。神田は返事を返さない。それを当然のごとく肯定と取った彼女は、私たちに似てるねー、とさも愉快そうに言う。神田はただでさえ寄りがちだった眉をさらに顰めた。 「お前、先に戻れ。」 「うん?別に構わないけど、どうするつもり?」 「あの馬鹿に話がある」 神田がそう言った時だった。バタバタと大きな足音が廊下の先から聞こえてくる。「噂をすれば、」少女はやる気がなさそうに右手で近づいてくるその人物を指差した。じゃぁ頑張って、ひらりと手を振ると、少女はお役目御免とでも言わんばかりに、くるりと踵を返して去っていく。少女が近くの角を曲がったところで、ちょうど前からやってきた人物は神田に目を留めた。 「ユウ!」 ブックマンJr.は珍しく肩で息をしながら驚いたように目を開いた。 「・・・・・・遅ぇよ」 「うん、ごめん。なんか色々ありすぎて、よくわかんねーけど、」 何が、と神田が口だけで言うと、ラビは乾いた笑いを浮かべて神田を見る。 「あー・・・まぁなんていうか、アレン・ウォーカーに関する良くない噂が流れてるっていうか、その出所がっていうか」 「・・・・・・呪い、か」 「そ、入団当初の騒ぎについてはもうなくなってたんだけど、ね」 神田は面白くなさそうに腰に手をあてたまま、ラビを睨む。 過ぎていく人々が怪訝そうに2人の様子を窺うけれど、声をかけていくものはいない。いつもへらへらとしているラビがなんだか真剣だったのも原因の1つだろうが、そもそも神田ユウに声をかけるような真似をする探索部隊など、数えるほどしかいない。 「ユウは、まだあの子が呪われてるとか、思ってんの?」 「・・・・・・あ?」 間を空けて一文字だけ発した神田に、ラビは、やっぱねーふぅん、と意味有り気に1人神妙に頷いた。肯定も否定もしなかった神田としては、そんなラビの態度が癪に障ったが、この時は彼にしては珍しく何も言い返さなかった。 「で、お前は何をそんなに慌ててんだ?」 神田が言うと、ラビはぴたりと俯いたままで静止した。 「・・・なんだよ」 上から神田が物を言っても、ラビは動かない。ぶつぶつと何かを言っているのが聞こえて、神田はラビが、自分の頭の整理に取り掛かっていることに気がついた。人よりも遥かに回転の速いラビのことだ。どうせすぐに終わるだろうと、神田は長く息を吐き出しながら暗く高い天井を見上げる。 ざわざわとした喧騒の中には、聞き覚えのある名が何度か登場した。 思った通り、面倒な方向に動き出しているな、と神田は頭を抱えたくなった。しかし自分にはほとんど関係のないことだ。 どんよりとした雲しか映さない窓ガラスに、神田が目を移した時だった。 「リナリー、どこに行ったか知ってる?」 ラビが呟いた一言だけで、神田には十分だった。 忘れていたわけじゃない。この男は、あの少女中心に動いているのだ。少女が大切だとか、そんな生易しい理由ではなく、ただ単に、それこそおそろしく明瞭なほど、無機質な理由が横たわっているのだけれど。 「知らねぇよ」 神田がそう答えるとラビは曖昧に笑った。 「お前が何をどう思ってるのか、聞きたくもねえ、けどな、」 神田は鋭くラビを睨んだ。何さ、そう言いながら手を広げて見せるラビには、神田の言わんとしていることが、まるでわかっているようだった。 「あいつはお前が思ってるほど弱くねぇぞ」 その言葉にラビは笑った。笑ったというよりも顔を歪めた、に近かった。 神田はそれ以上は何も言わずに、ラビの横を通り過ぎて行く。任務?ラビが聞くと神田は迷惑そうに頷いた。 「アレン・ウォーカーはどうするつもりなんさ」 「俺が何もしなくても、お前かあいつがどうにかするだろ」 「俺は何もしないけどね」 ラビの言葉に神田は返事を返さなかった。そう言った時、僅かに彼の口の端が上がったような気がして、また何か企んでいるのだろうと半ば呆れたからだ。しかしその予想は少しだけ違っていた。ラビは神田の肩越しに、小さな少女を見つけて、少しだけ愉快な気分になっていた。どうやら、ラビに用があるらしい。 神田はそれに気づいていないのだろう、いつまでも笑っているラビを怪訝そうに眉を顰めて今度こそ去っていった。 神田ユウが角を曲がって、それからさらに少しばかりの時間をおいて。 「」 ラビは少女の名前を呼んだ。 じ、と見つめて動かないに、ラビはゆっくりと近づいていく。 「どしたさ?」 ぽん、と右手をの頭にのせると、はくぐもった変な声を出した。むー、ふるふると頭を振るので、ラビは苦笑しながらその手を退けた。 「アレンは、呪われてるんだって」 少女は何の前触れもなしにそう言った。けれどラビはそれを予想していたかのような気分で、特に驚かなかった。へぇ?そう眉を少しだけあげて言うと、は不満そうな顔をした。 子どもらしからぬ表情と雰囲気だなぁ、とラビは思う。そもそもこんなところで育ってしまえば、そんなものとは無縁になるのだろうけれど。その理屈からいくとリナリーもこうだったのかと考えて、何だか妙に納得した。 「意味ないの」 は言う。 「、俺にもわかるように言ってくんないかなー。俺、キミとはそこまで仲良くないから、以心伝心ってわけにはいかないんさねー」 いつかこの語尾を延ばして言う言い方が気に食わないと、神田ユウに正面切って言われたことを思い出して、ラビは笑いそうになったが、今はそんなことは関係ないので、何とか堪えておいた。 は相も変わらず納得がいかない事柄があるかのように、眉を寄せて唇を真一文字に結んでいる。 「意味ないの」 もう一度言う。ラビが黙っていると、は大きな目を目いっぱい開いて下から見上げてきた。 「ラビ兄や、ユウ兄が、嫌ってくれなきゃ、意味ない」 何を、なんて聞くまでもなく。 あぁそうかこの子はただ単に皆に嫌って欲しかったんだ、と気がついて、ラビは何だか泣き出したくなった。可哀相な子だと思った。けれどそれよりも、なんてヒドイ子だろうと思った。自分だってここまではひどくない。 「どうして?なんで?呪われてるんだよ?嫌じゃないの?どうしてユウ兄はアレンを自分の部屋に連れて行ったの?どうしてラビ兄はそこにいたの?」 心底、不満そうだった。 なるほど、この少女、しっかりと神田が倒れているアレンを部屋に引き込んだところを見ていたらしい。 「っていうか、、お前アレン・ウォーカーが倒れてるの見てたんならなんで助けなかった?好きなんだろ、大好きなんだろ?」 するとはきょとんと首をかしげて、え?と不思議そうに声を出した。 「だってそうなるように噂流したの、あたしだもん」 助けちゃったら意味がないでしょ?当たり前のようには言った。悪いことをしたという自覚はないらしい。そこを弱みにして質問攻めにでもしようと思ってたんだけどなぁ、ラビは苦笑した。 今2人がいる廊下に人影は見当たらない。それがお互いにとって吉と出るか凶と出るか、まったく見当がつかなかった。 少しだけ吹き抜けていく風が、やけに静かだった。 「なんで?の大好きなアレン・ウォーカーが皆から嫌われて、あいつのトラウマ引き出して、あいつが傷ついて、に何か良いことでもあんの?」 「質問してるのはあたしなのにー!」 ぷく、と頬を膨らませて怒る仕草はひどく幼いのに。 ラビにはが世間一般の子どもと同じだとは思えなかった。 「よっしわかった、が答えてくれたら俺も答えてあげる!」 「ほんと!?」 ぱぁ、とみるみるうちに笑顔になるに、ラビは親指を立てて、男に二言はないさ!と言った。一見微笑ましい光景なのに、話の内容は、とてもじゃないが微笑ましいと言えるようなものではない。 は無邪気に質問に答えてしまうだろう。 そこが、この少女の怖いところだとラビは思う。 「そしたら、あたし1人になるから」 は満面の笑みだった。 「だって世界中の人がアレンを嫌ってくれたら、世界でアレンのことが好きなのは、あたし1人になるでしょー?それってすっごくステキなことなの!アレンはきっとあたしの側にしかいられないから」 本当に、ヒドイ子どもだと思った。 ただしこの場合、ヒドイのはこの子なのか、この子をこう育ててしまったこの環境なのかはわからないけれど。 そういう発想に結びつくところが、子どもらしからぬところだと思う。しかしその発想を実行してしまうところが、子どもらしいとも思う。 「皆、アレンのこと、遠ざけてたのに。ラビ兄とユウ兄、むしろ連れてっちゃうんだもん。アレンと仲良しの人が嫌ってくれなきゃ、意味が全然ないのにー!」 実際は、ラビはアレンと、会話すらしたことがない。それどころか、アレン自身はラビの存在すら知らないのだ。それでもには、年が近いという理由だけで、ラビは神田やリナリーと同じように、アレンに近しいと思ったようだ。説明するのが面倒なのか、ラビはそれを否定したりはしなかった。 「はい、ラビ兄の番だよ。呪いとか、そんなもの関係ないって思えるくらい、アレンのこと、好きなの?なんで?」 それを言ったらはどうなんだ、とラビは思ったが、どうせこの子どもには理屈など通用しないのだとわかっているので、何も言わなかった。 にっこり、と。 それはもう、優しい笑みで。 「だってユウとリナリーがアレン・ウォーカーのこと、好きだから」 だから俺もスキなの、ラビは言った。 はふぅんと小さく呟いた。 「、リナリーに会った?」 「会ったよ?」 遅かったか、とラビはに聞こえないようにため息をつく。 神田はラビがリナリーを守ろうとしているのだと勘違いをしたようだったけれど、実際のところ、ラビにそんな気持ちはこれっぽっちもない。 ただ、リナリーという少女が、アレン・ウォーカーという少年のために動いてしまうことが何だかとても気に障って。 結局ラビもと似たもの同士だった。 「なぁ、」 「なぁに?」 「お前、アレン・ウォーカーの1番になりたいん?」 ラビが問うと、は間隔を空けずに頷いた。 「それなら、良いこと、教えてあげようか?」 わーいラビ兄大好きー!抱きついてきたを、ラビは冷めた目で見下ろしていた。 ← → ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 久しぶりにうちの子書いたら、口調がわからなかった。 08年02月10日 |