受け入れない。










薇が愛した花嫁











いつになくがやがやとした廊下を、少しだけ足早で進んでいく。ラビが横を通り過ぎる度に、何人かが振り返った。はっ、としたように、少し怯えともとれる表情でラビを――正確にはラビが纏っている団服を見て、そして安堵したように小さく息を吐く。
俺を誰と間違えてんだ?疑問に思いながらも、しかし今はそんなことに気を向けている場合ではない。
ラビの報告を心待ち(という表現は大変間違っているのだけれど)にしている神田ユウの忍耐力はお世辞にも強いとは言えない。どこかで道草を食おうものなら奴はきっと、部屋に眠る少年を叩き起こしてしまうだろう。そうして追い出してくれるのならまだ良いのだ。しかしアレン・ウォーカーが思いの外元気だった場合は問答無用で喧嘩が勃発するだろうし、かと言ってあの状態のまま目覚めれば、神田は無言でそのまま部屋に置いておくに違いない、なんだかんだで彼が優しさを持ち合わせている人間であることは、リナリーを除けばラビが一番知っている。つまりはラビがアレンと鉢合わせの状態になる可能性が高いのだ。ラビはアレンとは直接会って話したことがなかったし、残念なことにあまり良い印象を抱いてはいないので、意識のある少年との対面は極力避けたかった。
だから、例えいつもと様子が違くても、探索部隊に構ってなどいられないのだ。
アレン・ウォーカーが、何故あんなにも生気を失ったかのように倒れていたのか。何が起こったのかなんてまったく見当がつかないけれど、何か黒い影のようなものが脳裏を掠めていく。それと同時に、光を放つかのような強烈な色が、まるでフラッシュバックのように一瞬だけ鮮やかに蘇りすぐに散った。
自分よりも、少し明るい、髪色が。
良い予感、とはどんなに頑張っても思えなかった。
とりあえずコムイに話を聞いてみようと、廊下を曲がりかけた時だった。



「・・・・アレン・ウォーカー・・・・・・・・」



聞いたことがあり、かつ今まさにラビが直面している問題と関わっているであろう人物の名が一気に脳まで届き、ラビは思わず振り返った。
振り返って見ても、廊下にごった返す人の数は両手両足を使ったって足りないのだ。誰が言ったかなどわかるはずがなかった。
それでも、とラビはくるりと向きを変える。回った時に体重を乗せた爪先が、きゅ、と音を立てる。その音が存外に大きくて、近くにいた何人かが振り返った。

「どうした、ラビ?」

エクソシストの中でも比較的人当たりが良いラビは、その性格故に会えば話せる程度の知り合いが多いのだ。相手側としては友達だと思っている人もいるかもしれない。今声をかけてきたのもそんな中の一人で、小走りにラビに駆け寄ってきた。

「しかめっ面して通り過ぎたと思ったら今度は何?」
「え、うそ俺変な顔してた!?」

ラビがそう言うと彼は心なしか安堵したように見えた。先程通り過ぎた時の様子に少しばかり躊躇していたらしい。
そうか、とラビは今更ながらに思いついた。騒がしい探索部隊を気に掛けないようにしていたが、よく考えてみれば、神田の部屋で眠るの事だって、探索部隊の方が知っているかもしれない。それに、少なからず関わっているであろうと予想しているのことは、彼らに聞くのが一番手っ取り早いのは間違いない。彼女は探索部隊の一員なのだから。

「今日はやけに騒がしいさね。何があったん?」

親指を立てて肩越しに探索部隊の人たちを指す。するとそう問い掛けられた青年は困ったような笑みを浮かべた。あー、とか、うー、といった特に意味を成さない言葉を発しながらちらりと仲間に視線をやる。ラビが黙ったままじっと彼を見つめていると、堪忍したようにぽつりと言った。

「ラビ、お前アレン・ウォーカーっていうエクソシストと仲良い?」
「あの新人?仲良いもなにもまだ会ったことすらないさ。見たことはあるけど。何、あいつがどうかした?」

会ったことがない、という言葉には語弊があるかもしれないが、あながち間違いでもないだろう。

「そうか。・・・・あー、ほら、あの子って入団してきた時に一悶着あったろ?」
「そういえばあったな。ユウがやらかしたやつっしょ?」
「それもだけど・・・・」

そこまで言って青年は口をつぐんだ。もごもごと何か言いにくそうに言葉を形にせずに飲み込む。
はて、とラビが不思議そうな顔をしているとますます気まずそうに顔を背けてしまった。
これは自ら当てて見せないと話してくれなさそうだと、ラビは自分の頭をフル稼働させる。


アレン・ウォーカー、ティムキャンピー、子供、エクソシスト、白髪、寄生型、赤い左手、





ペンタクル、





「ああ、呪いがどうのこうのってやつ?」





いとも簡単にラビが言ってのけると、青年は怯えたようにびくりと反応した。
なるほど、だから団服に反応してたのか。
一人納得したように頷いていると、何を勘違いしたのか、青年は慌てて弁解を始めた。

「いやっ、違うんだよ僕らだって彼の呪いなんてどうでもいいって思ってたんだよ!トマに聞いた話じゃ神田との任務で、彼は探索部隊のために怒ったっていうし、今までにあまりいなかったタイプのエクソシストで、良い人だって聞いたし、」

そこで青年は、ぴたりと喚くのをやめた。驚いたように目を丸く開き、ぴくりとも動かない。ラビが、ぽつりと呟いた言葉に、衝撃を受けたからだ。
石になったように動かない、と言うのは、きっとこういう状態のことを言うのだろう。



から、何か聞いたん?」



もう一度、一字一句間違えずにラビはまっすぐに青年を見つめたまま言う。今度は青年の前に恐怖が浮かんだ。
ああ、とラビは心のなかで感嘆した。が何かをやらかすであろうという確信は前々からあったけれども、まさかここまで教団中を巻き込むとは。しかしすこし考えてみれば、探索部隊が教団の中で最も人数が多いのだから、彼らを使えばこうなってしまうことくらい、簡単にわかる。それでもそれを実際に実行してみせた歳端もいかない少女に、驚かざるをえない。

「で、何言ったんだ?」

しかし青年は完全に自己防衛モードに入っていて、何もしゃべらない。ラビはわざとらしく大きくため息をついて、大体予想はつくけどね、と吐き捨てた。びくりと青年は顔を上げる。

「せっかく信頼されてきたってのに、アレン・ウォーカーも可哀想にな。どうせは、」

す、と射ぬくようなラビの視線に青年は一瞬怯んでみせたが、目を逸らすことはできなかった。



「やっぱりアレンは呪われてました、とか言ったんじゃねぇの?」



青年は、何か悪いことをして母親に怒られている子供のように、竦んで動けなくなってしまっている。

「別に責めてるわけじゃないさ。アレンに懐いてるからそんなこと言われちゃ、本当なんかなって疑心暗鬼になってもおかしくねえし。ただ、何でが、わざわざ大好きなアレンの評価が下がるようなことをしたのか、さっぱり見当がつかねえな」

とりあえずユウにこのこと連絡して、そう考えてラビは弾けるように何かが体中を突き抜けていくのを感じた。青年が不思議そうに覗き込んでみせてもラビは反応しなかった。





リナリー。





これだけ探索部隊が騒いでいれば、彼女の耳にもはいってしまうかもしれない。否、入らない方が不思議だ。
噂だけなら、まだいいのだ。ただ、発信源まで知ってしまったら。





――護ってあげなきゃって、そう思ったの。





ラビは訝しむ探索部隊の人を掻き分けるように、心なしかいつもより長く暗い廊下を駆け出した。



 
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どうしてうちの小説は夢主よりも原作ヒロインの方が大切にされているんだろうか。

08年02月03日


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