「それって要するように逃げてるってことでしょ」 話を一通り聞き終えた郭は、無下にもばっさりとそう言い放った。何を当たり前のことを、とでも続きそうな程に当然の流れで言ったのだろう、寸分の迷いもなかった。 「だよね、まあ俺もそう思ってるけど」 「もう少し強引に行けば落ちるんじゃないの」 「いやもう十分強引だろ・・・・」 「一馬ならね、でもこれは椎名の問題なわけだから、もう少しいけるでしょ」 「英士の言いたいこともわかるけどさー、どうなんだろ、椎名の話聞く限り、満更でもない、ってわけじゃなさそうだろ。そんな単純に落ちないと俺は思うけどなー」 よく晴れた土曜の午後の昼下がり。 椎名家のリビングには、郭、若菜、真田と、いつまで経っても仲の良い三人組が集合している。揃って海外チームで活躍する三人は、丁度中間地点だからと、こうしてたまに椎名の家に押しかけてくるのだった。最初こそ文句を言っていた椎名も、それこそ中学からの付き合いの三人だ、今となっては少し楽しみにしていたりもする。人懐っこい若菜が言いださなければ、多分こんな風に四人で話すことなどなかったに違いない。何となくこの三人は、三人だけで完結した世界があるように見えて、外からは入りにくい。躊躇いもなく入っていけるのは郭の従兄弟だという李潤慶くらいのものだろう。 ともあれ。 そういう三人と恋話をするようになるとは思わなかったな、と椎名はこの状況を不思議に思いつつも、最後の若菜の言葉が気にかかり、「なんで?」と聞き返した。 「うーん、何で、って言われると困るけど」 出されたスコーンに手を伸ばしながら、若菜は首を捻る。 「まあ、逃げてるっていうのも多少はあるとして、その人、椎名のことが好きだ、とは思ってないんじゃね。逃げるってさ、ほんとは好きだけど、それに気づかないフリしてるってことだろ?そうじゃないようなー。会ったこともないし、今話聞いただけだから憶測だけど、どうも親愛の情くらいしか持ってない気もするし。恋愛したくない、っていう理由だけじゃないと思う」 「なるほどさすがは若菜様、何言ってんのかさっぱりわかんないんだけど?」 「だからー!」 「要は彼女は椎名のことが好きじゃないってことじゃなくて?」 「英士!色々オブラートに包んだり遠回りした意味なくなるから!」 「結局そういうことなんじゃん・・・・」 「違うよ!そんな単純な話じゃなくてさー!」 好き勝手に言いたい放題言い合う三人にため息をつきながら、椎名は続きを待つ。恋は盲目とはよく言ったもので、自分ではが何を考えているのかさっぱりわからないし、あまつさえ都合の良いように解釈してしまいそうになる。奥手で積極的になれない性格であれば良かったのに、と思わないこともないけれど、仮に自分がそうであったとして、きっとに思いを告げることもできずに、ずっと平行線のまま仲の良い友人であり続ける羽目になっていたであろうことが容易に想像できるので、こういう性格で良かったなという結論に、結局のところ行きつく。 「で?」と、待ってみたところでいつまで経っても進まない話を先に促そうと、椎名は若菜に言った。 「そもそもさ、恋愛をあんまり積極的にしない人で、かつしたいという願望もない人ってさ、一度友人だったり、まあ師でもいいんだけど、そういう風に好きだと思った人を、改めて恋愛対象として考える、ってできないと思わねえ?」 「思わない」 「いやだからそれは椎名の話だろ!そうじゃなくて、多分、その子はさー、椎名との今の関係に満足しているから、いちいち変えようだなんて思ってないんじゃないかなー」 なるほど、と今度は腑に落ちた。 確かに、そう言われれば、色々と納得できる気もした。 自分の好意を迷惑そうにしているわけでもなさそうだし(多少困惑してはいると思われるが)、嫌われているとも思えなかった。むしろ好かれていたからこそ、今までの関係があったのだろうことは想像に難くない。 若菜はバツの悪そうな顔で「全部想像だぞ」と最後に付け加えた。郭はいまいち理解できないようで、椎名のように納得できたわけではなさそうだった。紅茶にミルクを入れてスプーンで掻きまわしながら、「それ恋人になることでなにかデメリットでもあるわけ」と若菜に問うている。真田はと言えば「俺はわかるなー、変化するのって怖いもんな」と当たっているのか外れているのか、何とも微妙なことを言った。 やはり物理的距離が離れていることは不便だし不利だな、と椎名は何度目になるかわからないことを、改めて思う。 こうやって想像を巡らせてみたところで、その解答が正しいかどうかの答え合わせなんてできやしない。会話をするということの大切さを、最近身を持って痛感している。椎名が起こしたアクションに対するのリアクションを得ることが、最近の彼の楽しみになっている。放っておいても何も変わらないのならば、もう好きにやるしかないのだ。 若菜の言っていたことは、多少なりとも当たっているのだろう。 だからもう、いっそこちらの好意にほだされてくれればいいのに、と思う。それで全然構わない。 「まあ、でも、そのうち流されてくれるんじゃない」 そんなことを考えていたら、同じようなことを郭が言った。 「えー、それでいいのかよ」 「いいでしょ別に」 「英士他人事だと思って面倒になってるだろ」 「ティータイムのくだらないおしゃべりくらいにしか最初から思ってないけど?」 「いいけどね別に」 考えたってキリがない。 さて、次は花の代わりに何を送ろう。 |