7月11日

さよならの準備 3

   


「と、思ってたんだけどね・・・・」

 オムライスをつつきながら、はあ、と私はため息をつく。
 先日の先輩からのお誘いは、結局日程が合わずにお断りをした。もう既に社会人になっている先輩は土日しか空いておらず(カフェが17時閉店だった)、私は今月、もう土日の予定は埋まっていたのだ。他の人と楽しんでください、という私のメールに対して、送られてきたのは『じゃあ、どうせ有休余ってるし、の都合が良い平日に取るよ』という返信。さすがの私も、これは他意があると認めざるを得ない。

「どうなんすか椎名さん。これってやっぱり男性的には他意があるんすかね」
「考えるまでもなくあるでしょ。って馬鹿なの?」
「うっ・・・・、言い返せない・・・・」

 練習終わって時間が空いたからご飯でもどう?という椎名の誘いを受けて、私たちは馴染みの洋食屋に来ていた。椎名が幼い頃から通っているという家庭的な雰囲気のお店で、主人もその奥さんも既に顔見知りだ。入口付近に咲き誇っていた紫陽花の花を摘んできたのだろう、各テーブルには青や紫の花が並んでいる。お互い好きなものを頼み、美味しく頂きながら近況を報告しあっていたら、あの話になった。そして男性の意見を聞いてみよう!と期待した私の気持ちなど関係ないのだろう、得意の毒舌ばかりが飛び出してきて、私のHPは既に0に等しい。

「だってさあ、今までも何回か二人でご飯行ってるしさあ、そういうのじゃないと思ってたんだよ!」
「大体なんで男性と二人でご飯とか行っておいて、まったくそういう風に考えないのか、理解できないんだけど」
「え?いやだって、ほら、椎名とも行くじゃん。それと同じ感覚だったんだよね」

 あまりにも普通に椎名と出かけているせいで、感覚が麻痺しているとも言う。私は頭を抱えた。

「それってさ、。僕とのあれこれは、何とも思ってないってことなの」

 落ちてきた椎名の言葉に、私は仕方なしに顔を上げる。視線の先には、思いの外真面目な顔をした彼がいて、私は思わず背筋を伸ばした。

「はあ、まあ。椎名だってそうじゃん」
「そんなわけないでしょ」
「・・・・は?」
「僕はそういうつもりだったけどね。割と前から」

 するりと手から抜け落ちたスプーンが、陶器のお皿に当たってかちゃんと鳴る。スローモーションのように見えたその動きを、視界で捉えながらも、すり抜けるスプーンを掴むことは出来なかった。妙にクリアに物音が響く。身体は動かない。よって、声は出てこない。

 椎名の言葉の意味を、考える。



 嫌だ。



にそんなつもりなさそうだなとは思ってたけどね。まったく無いとは思ってもいなかったんだけど」
「・・・・」
「聞いてる?」
「・・・・聞いて、る、けど、え?だって椎名彼女いたじゃん」
「いつの話してんの?知り合った直後に別れたの知ってるでしょ」
「・・・・彼女のこと、すっごい好きだったじゃん」
「当たり前。付き合ってたんだから。でもそれから何年経ったか知ってる?3年だよ3年。そりゃ気持ちに変化くらいあるもんだろ」
「・・・・とか言われても」
「気づいてると思ってたけどね。つまり、僕は、」

 駄目だ、と思った。
 これ以上言われたら、私は拒否しなければならないし、拒否してしまったら、これから先、今まで通りとは行かなくなる。気にしないで今まで通りにすればいいのでは?と思わなくもないけれど、そこまで私は無神経になれない。椎名のことが大切であることは、確かなのだ。傷つくところなど、見たくない。

「椎名ちょっと待って、話逸れてきた、今話したいのは私たちのことじゃない」

 割と最低なことを言っている自覚はある。

 それでもどうしても、駄目だった。

 椎名はいつか見たみたいに、顔を歪めた。そうか、納得いかないことがあるとこうなるんだ、と妙に冷静に私は分析した。数秒間沈黙が続いて、椎名は微かにため息をつくと、「なんだっけそれでその先輩がどうだっていうんだっけ」と話を戻してくれた。ほっ、と安堵の息が漏れる。

「・・・・そんなあからさまに安心されるとむかつくんですけど」
「あー!もう!だから!今私はもう色々頭いっぱいなんで!よし、椎名、わかった30分前の状態に戻ろう。いい?そこからスタートね、はい、今までの会話はなかったことにします。椎名だって困るでしょ!代表戦も控えたこんな時期に噂立ったりしたら!」
「噂になんてならないに決まってるだろ、馬鹿?」

 その後は、一切、先ほどみたいな会話にはならなかったし、そういう雰囲気にもならなかった。隣の小学生がサッカー教えろとうるさいだとか、はとこの玲さんと行った和食屋が想像以上に美味しかっただとか、おおよそそういうどうでも良い話だった。
 おかげ様で帰りの車は本当にいつも通りの感じで、私はいつも通り当然のように助手席に滑り込み、私のアパート先まで送ってもらった。

「じゃあ、おやすみ、
「うん、またね」

 走り去る車を見送りながら、心底恋愛相談なんてしなければ良かったと後悔した。

 どうしても、どうしても椎名とは恋人関係になりたくない。
 ぎゅ、と唇を引き結ぶと、私はアパートの階段をとぼとぼと上った。



 神様、どうして仲の良い男女は友達のままではいられないのでしょうか。





 




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