来月結婚します。 と、椎名が告げると、その場にいた人間の多くが驚きの表情を見せた。中でも一番驚いていたのは若菜結人で、「色々飛ばしすぎだろ!」と、聞き捨てならないことを叫んでいる。 「出来たのか!?」 「え、何なに、ダブルハッピー婚!?」 下世話な想像から下世話な事を口走ったのは鳴海で、どこからそんな言葉を覚えてきたのか、最近の言い方に直したのは吉田だ。何でそうなるわけ、と報告をした張本人の椎名は呆れ返っている。質問責めにされる前にと、式の日取りなどを話してすぐさま退散する。おめでとうございます、と素直に喜んでいる風祭にだけ返事をして、元いた席へと腰を落ち着けた。怪我で戦線離脱していた渋沢の代表戦復帰祝い!という名目で藤代が集合をかけたら、思いの外集まっていた。さすがに渋沢の快気祝いに水を差すようなことはしたくなかった椎名は、言うつもりなどなかったのだが、どこから仕入れたのか渋沢本人がそれをもう知っていて、どうせなら皆に言えばいいんじゃないか、と爽やかなよく通る声で言ったのだ。本人が良いと言っているし、注目を集めてしまっている手前、何もありませんといって後から報告するのも可笑しな話だ、と思い、軽く報告したのであった。 今日は渋沢の快気祝いなので質問は受け付けませーん、と寄ってくる輩を蹴散らして、隅の席で食事に専念していたら、いつの間にか若菜がやってきていた。遠慮なく眉を顰めると、慌てたように若菜が言う。 「大丈夫、鳴海はいないから」 「・・・・問題はそれだけじゃないんだけど」 「椎名さー、いつの間にくっついたんだよー報告してねって俺言ったじゃん!?」 前に相談受けたあの子なんだよね?と若菜が声を潜めていった。そういえばとまだ付き合う前、若菜に恋愛相談をしに行ったことを、今更思い出す。綺麗さっぱり忘れていた。 「え、いつから付き合ってたの?」 「二年前くらい?」 「相談してすぐじゃん!」 ますます何で報告してくんなかったのさ!と大げさに若菜は嘆いてみせた。 「いや、あの後聞いてこなかったし、うっかり忘れてた」 「聞けるわけねーじゃん!?」 「へえ?見込みないと思ってたってこと?」 「あっ、いや、違う違う、違うよ?」 口では否定しつつも、態度でバレバレである。あの彼女でしょ?と気が付けば郭と真田も若菜の両脇にスタンバイしていて、椎名の方へ耳を傾けている。そんなに興味を示していだいているところ申し訳ないけれど、椎名から話すことなど何もない。 「結局さ、彼女はどう考えてたんだよ?」 一番そわそわとしているのは真田だ。三人の記憶力には驚きを隠せない。椎名が彼らにその話をしたのは二年も前のことなのだ。しかもその後には一切関係ある話をしたことがない。恋愛相談を持ち込むことなどない椎名がぽつりと漏らしたから、印象に残っているのかもしれなかった。 「まあ、概ね若菜の言った通りだったかな」 「いや俺何言ったか覚えてねー!何言ったっけ!?」 なおも食い下がる若菜に椎名が痺れを切らして少し黙れと言おうとしたところで、その空気を察したのか、隣でおろおろしながら様子を覗っていた風祭が入ってきた。 「と、とりあえずおめでたいわけですし、ね!おめでとうございます翼さん!」 どうぞどうぞとビールを注ぐ様は、すっかり社会人のようだ。あどけない顔は健在だけれど、立ち回りがすっかりサラリーマンのようになっている。相変わらず自由気ままにふるまう面子だ、放っておけば良いのに律儀である。 おめでとうおめでとう!とわけもなくはしゃぐいつもの面子に呆れつつ、こうして祝って貰える友人がいてよかった、と思わなくもない。 「椎名結婚おめでとうかんぱーい!」 どこから湧いて出たのか、テンションの上がっていた桜庭が机に乗り出さんばかりの勢いで天井に向かって叫ぶ。かんぱーい!とそこかしこから声があがった。椎名は一応立ち上がって一度礼をした。結婚の報告をするのは何度やっても慣れないけれど、こうして自分との結婚を祝ってもらうのは、悪い気はしない。 「椎名!次の試合、俺お前に捧げる点取ってやる!」 「僕へ捧げなくていいのでもっとちゃんとゴール狙って打ってくれる?」 「椎名厳しい〜、じゃ、俺は最高のパフォーマンスつきで華麗にシュート決めようかな〜」 「藤代のパフォーマンスは洒落にならないからやめろ」 「ふふ、何はともあれ、本当、おめでとうございます翼さん」 「・・・・ありがとう」 |