けたたましく携帯が鳴った。 黒川は思わず布団から飛び起きてそれを確認した。国際電話の着信を告げている。番号は登録してあるもので、表示された名前は「椎名翼」。右上で光る時刻は、午前6時と少し前を告げている。何だってこんな時間に、と思いつつも、あまり非常識なことをやらかしたりなどしないかつての部活仲間を思い返し、無視することはできなかった。もしもし、と少し声を抑えて電話に出ると、『やあ柾輝』と随分ご機嫌な声が返ってきて、出てしまったことを後悔した。 「・・・・切るぞ」 『何でさ、ひでえな。ちょっとお願いがあって』 「やだ」 『今日、僕の可愛い恋人が日本に帰るんでね、暇なら迎えに行ってあげなよ。っていうか暇だろ』 「暇じゃねえよ仕事だ」 『大丈夫大丈夫、夜の便だから』 「何も大丈夫じゃねえし・・・・って、いうか、恋人、って。・・・・やっとか、おめでとう」 朝早くから勝手なことをつらつらと述べる椎名に対し、恋人、の部分を拾い上げて律儀にお祝いの言葉を発する辺りがさすが黒川と言うべきか。 「けどそれとこれとは別だ。迎えになんて行かねえよ。用はそんだけならもう切るけど」 『冷てーの、いつもはもう少し話に付き合ってくれんのに』 「・・・・翼、浮かれてんだろ。時差ちゃんと計算しろ。こっちはまだ朝6時前だ」 『・・・・え、あれ、―――あ、ほんとだ2時間間違え、』 た、と続くのであろう言葉を最後まで聞かずに、黒川は通話を終了した。 そういえば恋人の名前を聞き忘れたが、ほぼ十中八九で間違いないのだろう。 スペインで知り合ったという彼女を、椎名はいたく気に入っていた。借りているアパートが飛葉中に近かったことも大きい。必然的に学区内の椎名や黒川の実家とも近くなるわけで、スペインから帰国するとよく会っていた。 あんな風に椎名が誰かを追いかけていることは、出会ってからほとんど見たことがないように思う。容姿や才能に恵まれていた彼には、常に女性から寄ってきていたように思うからだ。 スペインと日本との距離がもどかしく、黒川に頼みごとをしてきたのも、今となっては笑いのネタになる。今度帰国した時には、それでいじってやろう、と今日の件についての復讐を心に誓い、黒川は再び布団を被ったのだった。 可哀想に、と開口一番、はそう言った。 わざわざ遠い成田空港まで迎えに行った結果、いの一番に出てきた言葉がそれである。黒川はその言葉が意味することをしばし考えてみたけれども、自分が可哀想だと言われる由縁が思い浮かばず、「何が?」と質問で返した。 「いや、椎名に使われてるところが」 「お前・・・・迎えに来たのに他に言うことねえのかよ」 「いや本当にありがとうございます黒川先輩」 ありがたやーホワイトデーだからついでにチョコもお供えしよう、とわけのわからないことを言いながら手を合わせてくるを無視して、黒川は荷物だけ奪うと、さっさと自分の車へと向かう。慌てたように早いリズムの足音が後を追ってきた。 「椎名も黒川も、昔やんちゃしてたという割に紳士的だよね」 「うるせえよ、あと、翼は別に昔から優等生だけど」 「あれっ、そうなの?不良たちを束ねていたものとばかり」 「ああ、まあ、それは間違いないけど」 荷物を後部座席に押し込んで、黒川が扉を閉めようとすると、するりとそこにが入り込んできた。助手席に座ればいいのに、と言ったけれど、手荷物他にもあるし、とそれを断る。はあなるほど、と黒川はそれ以上強要しなかった。前に椎名が「あいつ絶対ガード緩いんだよね・・・・男の車とかホイホイ乗る」とこぼしていたのを思い出したからだ。大方、椎名に言われでもしたのだろう。おそらく椎名は、誰彼かまわず助手席に座るな、と言ったのだろうけれど、色んな人を同列に並べるには線引きが出来なかったに違いない。 「結局、付き合うことになったんだって?」 「・・・・あ、はい、実は何故か・・・・」 「何故かって何だよ。だから言ったろ、は翼のこと好きだって」 「あの時は本当にわけのわからないことを言いましてすみません・・・・。いや、あれで色々考えるようになったから私はいいんだけどさあ・・・・黒川も物好きだよね」 「別に好きであんなことしたわけじゃないけど。翼が言うから」 言ってから、言う相手とタイミングを間違えたと黒川は後悔したが、その言葉はとうにの耳に届いていて、取り消すことなど今更できない。 「・・・・黒川さんや」 「・・・・はい」 「貴方は、あれを、椎名さんから指示されてやっていたと?」 「指示っていうか・・・・まあ、似たようなもんか」 「何それ初めて聞いたんですけどー!」 「初めて言ったんですけど」 あとで椎名から怒られるのは必須だけれど、まあこれくらいは良しとするか、と黒川は訂正もしない。 後部座席で文句を言うを適当にあしらって、黒川はハンドルを切った。 |