1月26日

さよならの準備 13

   


 あの日、答えられなかった私を、椎名は責めなかった。
 私を東京駅まで送り届け、またねと去っていった彼が何を思っていたのか、わからない。私は彼の背を視線だけで追いながら、どうすることも出来なかった自分のふがいなさに泣きそうだった。
 溜まってしまった気持ちをどうにか吐き出さなければ、と私は友人―――ゆっちゃんに電話をした。我ながら何を言っているのかさっぱり要領を得ない話し方をしていると思ったけれど、うん、うん、と相槌を打ちながら話を聞いてくれた彼女は、最後に一言、試してみればいいんじゃない?と言った。鸚鵡のように試す?と聞き返した私に、試しに彼を特別だと思ってみてそれで嫌だと思ったら止めればいいんじゃないの、と当たり前のように言ってきた。どうやって、と戸惑う私に、カレンダーを見ろと促す。
 そうなのだ、もうすぐ、長い春休みがやってくるのである。





「スペインに、行ってもいいかな」

 私がそう告げると、椎名は黙ってしまった。無理もない。正月にあんなことがあったきり、会ってもいないし電話もしていない。椎名はとっくにスペインへ帰っている。色々な返事を先延ばしにしたくせに、言うに事欠いてスペインに行きたいなどと言われれば、一体どういう意味なのか勘繰りたくもなるだろう。沈黙に耐えられずに言い訳をしそうになるのをなんとか抑えて、彼が話すのを待つ。しばらくして、少し低い声で、『・・・・いつ』と尋ねてきた。

「スペインに着くのは・・・・12日、かな?」
『・・・・また結構急だね・・・・。いいかな、とか聞いてるけど、どうせ飛行機取ってあるんだろ』
「あれ、バレてる」
は口より先にまず行動するじゃん』
「・・・・そう、かな」
『というよりか、まあ、決まるまで口に出さないって言った方が正しいかな』

 椎名の告白に対して私が頑なに沈黙を続けることも、差しているのかもしれない。電話口からため息が聞こえて、『便名は?』と続く。私はいつの間にかポケットの中で握りしめていた拳を緩めると、ほっと胸を撫で下ろした。拒否されても文句は言えないと思っていたからだ。先ほど椎名が言ったように、飛行機のチケットは取ってしまったので、椎名に断られたところで、観光に向かう予定ではあったけれど。私はメモしてある飛行機の便と到着予定時刻を告げた。

『その時間だと――――、うん、丁度練習も終わって迎えに行ける。空港で待ち合わせしよう』
「えっ」
『何、嫌なの?』
「いやいやとんでもない、まさかそこまでしてくれると思わなかったから」
『・・・・日本であれだけ人のこと使っといてそういうこと言うわけね』
「・・・・どうもその節はお世話になりました。ニトリとかクリーニングとか?」
『ほんとだよ。ま、そういうわけだから、とりあえず迎えに行くよ』

 用事があるから、と椎名はそれで電話を切った。
 暖房の風を受けて、ゆらゆらと不安定に揺れるドライフラワーに目を向ける。



 やっと、終わりが見えた気がした。





 




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