人恋しい季節になってきたね、と友人は言った。 私は一拍空けて、それってどういう意味、と尋ねる。友人は困ったように眉を下げて、変なこと聞くね、と言う。私には、何が変なのか、さっぱりわからない。 『何で秋になると人恋しくなるんだろうね』 電話口で椎名が言った。私はついこの間友人と交わした会話を思い返してみて、お前もか!と心底脱力する。ベッドの上で体育座りをしていたけれど、ごろりと横になった。全部の力が抜けていく。絶望が身体中を巡って、途端に気力も無くなっていく。ため息を隠さずに吐き出すと、『・・・・なに』と不機嫌そうな椎名の声が返ってきた。先ほどまでは随分と上機嫌に近況報告をしていたというのに、喜怒哀楽の激しい男である。翼は外面がよくて二重人格なんだぜ!と言っていた畑弟の言葉が蘇るけれど、親しい間柄の友人たちの前では、むしろ随分と気分屋で機嫌は簡単に上がり下がりを繰り返すのだ。それだけ私も彼に近しいところにいるということだけれど、今はそれを喜べるような立場ではない。「別になんでもないよ、ごめん」と軽く返事を返した。 別に椎名に絶望していたわけではないのだ。友人だけではなく、椎名も同じことを言うものだから、結局理解できない自分に、世間から仲間はずれにされたような気持ちになって、自分自身に絶望したのだった。 「友達も同じこと言ってたから、なんだ椎名もか、って思っただけ」 『・・・・それでため息か。どうせまた、何で、とか聞き返して顰蹙を買ったんだろ』 「・・・・買ってないよ」 『否定しないのかよ』 くつくつと椎名が笑った。またすぐに機嫌は浮上する。反比例するように私の機嫌は下がるのだけれど。 用事がなくともこうしていつの間にか電話をするようになった。国際電話だから時間も限られているし、お金もかかるので、いつもそんなに長電話はしない。短時間で終わるからこそ続いているのかもしれなかった。切ることに後ろめたさを感じない電話が、こんなにも気楽だとは思わなかった。 大体椎名からかかってくるのだけれど、今日は何となく私からかけた。もしもし、という私の声に、椎名は訝しげに『・・・・何も送ってないけど』と返してきた。そうなのだ、私から電話をかけると言えば大抵が椎名から送られてきた物に対する反論ないしちょっとした苦情であることが多い。だから、用はないんだけど、と続けた私に、椎名は相当驚いたようだった。 『なるほどね、用もないのにかけてくるなんて珍しいと思ったらそういうわけ』 「そういうって、」 『人恋しいってなんだろう、って思ったんじゃないの?』 「そ、うだけど、」 『けど?』 人恋しい季節とは、どういうことを言うのだろう、と思った。それは間違いない。暖かい大学の教室で友人が言った時には確かに理解し難くて、思わずその理由を問うたのだけれど、木枯らしの吹く道を一人帰っていたら、ああそういうことかと思い当ったのだ。急速に冬の準備を始めた町の雰囲気と、ぐっと下がった気温を肌で感じて、人恋しい、という感情を知った。なんだか一人でいることに急に寂しさを覚えて、足早にアパートに帰ってきたのである。 そういう、外的要因が無ければ理解できなかったことに、疎外感を覚えつつ、その人恋しさを紛らわすために椎名に電話したのだ。 別に疑問を解決したかったわけじゃない。 けれど、椎名の気持ちを知ってしまっている以上、それを素直に伝えることなどできるはずもなく、私は言い淀んだのだった。 「何でもない、おやすみっ!」 『ちょ、――――、』 電話を切ると、無機質な機械音が耳に響く。部屋の中の気温も随分と低い。 そうだ、気温のせいだ、と自分に言い聞かせる。 別に椎名のことが好きになったわけじゃない。 彼には会うことも触れることもできないのだ。ただこうして偶に電話をしているだけで、自分の気持ちが簡単に変化するはずなどない。私は無理矢理にそう思うと、握っていた携帯電話をクッション目がけて放り投げた。 人恋しい季節になった。 今なら、恋できるのだろうか。 淡い期待を胸に抱きつつも、先へは進めそうになかった。ぎゅ、と固く目を瞑る。いつまでも椎名の声が、頭の中に響いているようだ。ふいに黒川の声もそれに重なり、この間の質問が浮かび上がる。 何を躊躇っているのか、だなんて、答えは一つしかない。 特定の誰かを一番だと認めるのが、怖いからだ。 だから私は、きっと今のままでは、恋愛なんてできるはずもなかった。 人恋しい季節が来たと人は言う。 その言葉はひどく重みを増して、私に降りかかるのだった。 |