空が、青い日。 ![]() その日もおそろしく晴れていた。 入学式に相応しい、雲一つない、まっさらな青。見渡す限りの青、青、青。 花が散りはじめ、綺麗なライトグリーンの葉が顔を出し始めている桜の木が続く坂道を、は歩いていた。軽快な足取りで、鼻歌を歌いながら駆けて行く。 周りを見渡すと、自分と同じ制服に身をつつんだ少年少女たちの姿を確認することができる。品が良さそうだなぁ、なんてことを考えながらはその生徒たちを観察していた。これから通うことになる学校の生徒たちだ。仲良くなるに越したことはないのだろうけれど。 気が付くとは辺りの人たちから指差されながら、あの人ってもしかして!みたいなことをこそこそと噂されていた。あー、「この学校」に行ってもやっぱりこれは運命なのか、と面倒臭そうに溜息をつく。 の父親、洋はその世界では有名な政治家で、さらに母親は、次に日本人がアカデミー賞候補にノミネートされるのなら彼女である可能性が高いとまで言われた、大物女優天野詩子である。最も、母親は、を身ごもったと同時に芸能界からはきっぱりと手を引いているのだが。 なんで私はTVに出たわけじゃないのにこんな騒がれてんだ?はどうも釈然としない気持ちで、たくさんの視線を集めながら、しかしそれをしっかりと無視して進んでいく。 小学校ではまったくそんなことはなかったのに、とは昔を懐かしんでそう思った。小学校は普通の公立学校に通っていたのだが、中学からは有名私立に入れられた。有名と言っても、偏差値上有名なわけではない。いわゆる「芸能人やお金持ちの子」たちが通うことで有名な、某私立校に入れられたのだ。その学校にはもちろん現役歌手や俳優である生徒たちもたくさんいたし、はそんな中に放りこまれても、自分は注目を集める側ではなく、注目する側だと思っていた。しかし、逆にそういう子たちの方が、「父親」をよく知っていたのだ。例えば、パーティーで彼女を見かけたことのある子なんかがいたりして。 だからは高校になったら普通の公立高校に進学することを望んでいた。しかし今さらそんな所へ行くなんて!と両親から猛反対されたために仕方なしに、高校からは別の私立校に進むことになったのだ。 せめてもの救いはその学校に多いのは社長令嬢御曹子という所で、芸能界や政治界と、少しは前の学校より遠縁だった。 しかし、があの2人の子供であることは紛れも無い事実であり、さらに言えば親に子供が似てしまうのは自然の摂理であり。 今のは母親の詩子の遺伝子をしっかりと受け継いでいた。 うっかり公立高校なんかに進学していたらミーハーな女の子たちにいっぱつで言い当てられてしまっただろう。 どの道、注目の的になつことは必須だったのだが、彼女自身はそんなことにこれっぽっちも気付いていない。 これ、私友だちとかできんのかなとささやかで、かつ切実な現実問題が押し寄せてくる。初っ端からこんなに注目を集めていては、果たして近付いてくる人たちが何が目当てなのかわかったものではない。 面倒だなぁ、は本日2度目となる溜息をついた。 「よし、最初に声かけてきた子とお友達になろう。」 テキトーな判断が下された。友達の作り方が間違っている。 そんなことを彼女が決断したとは露知らず、遠巻きたちは相も変わらずについて噂していた。 と、その時。 ざわっ、と空気が一瞬にして揺れた。 疑問に感じつつ、は後ろを振り返る。 見えるのは、ただの男子生徒数名。 中学からの持ち上がりではないには誰なのかまったく見当がつかなかった。とりあえず、ぽかんとして彼らが坂を登ってくるのを見ていることしかできない。 おそろしく、顔の整った人たちだな、と彼女はそんなどうでいいことを考えていた。周りがいつのまにか道を空けていることにも気が付かず、彼らの顔を凝視している。 あぁ!ぽん、と手を打って、1人知っている顔が混じっていることに気が付く。 確か、お母さんが習っている華道の先生の息子さんだったような気がするあれ違うかも。 いつの間にか、彼らとの距離は1m程までに縮んでいた。 「お前、ひょっとして洋の娘か?」 茶髪の泣きぼくろの少年がそう言った。 「え、そっち!?普通お母さんの方が有名じゃね!?」 驚いたように声をあげ、の心の代弁をしてくれた少年は変わった髪型をしている。眼鏡の少年がその後に続き、その意見を後押しした。 「母親?誰なんだ?」 やたらと傷の多い少年が訝し気にそう聞く。天野詩子だよ知らねーのお前!?うわ信じらんねー!おかっぱ少年が再び声を上げた。随分と元気な人だなぁ、とは少し圧倒されながら、そんなことを思う。 「で?どうなんだよ。」 最初に質問した少年が、再びに問いかけた。きっかり3秒の間を空けて、はそうだけど、と肯定の言葉を述べる。 「まじで!?すっげー!すんばらCー!」 明らかに誰が見ても寝ているとしか思えなかった少年が突然覚醒したかのようにそう叫ぶ。がびくりと肩を震わせると、眼鏡の少年がごめんなー、と彼女に謝りながら、少年を宥めた。 ざわざわざわ。 気付けば辺りには1つのクレーターが出来上がっていた。 何この人たち有名人のお子さんなの?すごいなー、は自分のことを棚にあげてそんなことを考えてしまうくらい、異常な程の注目の集め方だったのだ。軽く、芸能人でさえ、驚いてしまうような。 「あんた名前は?」 「。」 可愛い名前!そう言った覚醒少年にがありがとう、と言えば、どういたしまして!と返ってきた。何かがおかしい。 「1年生やろ?俺らもやで。」 「はあ。」 1年生がなんでそんなに有名人なんだというつっこみを喉の奥で飲み込みつつ、は気の抜けた返事をした。 ざあっ、と風が吹いて、花びらが舞う。 それが、と、氷帝学園高等部男子テニス部1年との出会いだった。 吉と出るか凶と出るか。 開けてみなくちゃわからない。 → +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 氷帝連載開始。 07年05月27日 |