ひび割れた窓ガラスに一輪のバラが咲いていた。










薇が愛した花嫁











うっすらと、未だ寝呆けている目を開けた。部屋のど真ん中にある椅子に誰かが座っているのが見える。合わない焦点を無理矢理合わせ、そこにいる人物を確認しようと心がけた。認識したその姿が見覚えのある長い髪であるのに、意外だと少し驚く。

「神田?」

少しこもった声でそう呼べば、めんどくさそうに彼は顔を上げた。

「いつまで寝てんだよ、モヤシ。コムイが呼んでんだよ。」

他の語は一切なしでそれだけを端的に告げる。アレンは不愉快そうに目を細めた。

「何でですか、ってかそもそも勝手に人の部屋に入らないでください。」
「あ?てめぇが中途半端な報告書書くのが悪ィんだろ。やり直ししろだと。」
「・・・それは、すみません、でした。ってもしかして神田手伝ってくれ、」
「誰がするか。」
「・・・・・・呼びにきたくせに。」

じと、と神田を睨むアレンにお構いなしといった様子で神田は椅子から立ち上がるとドアへ向かい、そのドアノブへ手をかけた。
出ていこうとする背中めがけてクッションを一投げ。あっさりと躱され、廊下の壁に激突したらしい音が聞こえた。馬鹿じゃねぇの、最後にそんな台詞を残して神田は消えた。

「・・・トマに手伝ってもらおうかな。」

しぶしぶと重い体を引きずるようにベッドからずるりと這い出ると、椅子の上に置かれた一冊の本が目に入った。アレンが昨夜、読みかけのまま放置してしまったそれだ。自分の栞を挿んだ場所とは違う箇所が広げられている。そのページ数からして、神田が随分長い間そこにいたことが伺えた。アレンが自分から起きるまで起こさないでおいていてくれただけでも感謝すべきなのかもしれない。

―まぁ、僕が神田に感謝する日が来るとは思いませんけど。―

「アレンくん、いる?」

ノック音の後に聞こえたリナリーの声に返事をしながらアレンは慌てて着替えを始めた。














「しょうがないなぁ、神田、私が呼んで来ようか?」

リナリーとアレンは、廊下を慌ただしく行く探索部隊や科学班のメンバーに、会釈を繰り返しながら歩いていた。アレンが呼ばれているという室長室へと向かう。道すがら、アレンはリナリーに事の成り行きを簡単に説明していた。神田との初任務、帰ってきてからの報告書作成を一人でやってしまったこと(神田はいなかったし、トマはすぐに次の任務に行ってしまったからだ)、今朝、神田がやってきたことなどもろもろ。それを聞いたリナリーが、初めてなのにそれはあんまりよね、とかなんとか言って、神田を迎えに行く役を名乗り出てくれたのだ。

「いえ、神田とは最低限口を聞きたくないので、それは遠慮しておきます。でも、ありがとうございます。」

迷うことなく、ずばっと彼女の申し出を断った。続いて、そういえばリナリーは何の用だったんですか?とコキコキと首を回しながらアレンは問う。

「ん?アレンくん、部屋変わっちゃったじゃない、どうだったかなって。」

例のコムリン騒動で、部屋を見事に破壊されたアレンは別室への移動を余儀なくされていた。そんなアレンを気遣って、リナリーはわざわざやってきてくれたらしい。食堂が近くなったのでむしろ快適です、とアレンが言うと、それは快適とは違うんじゃない?と笑いながらリナリーは言った。

「それはそうと報告書作成は、私ができる限り付き合ってあげるね。」
「え!?そんな悪いですよリナリーに付き合ってもらうくらいなら神田呼び出しますからっ!」
「神田呼びに行くより早いでしょ?どうせ私も側で兄さんの仕事手伝ってるから、助言くらいしかできないけど。」

いつの間にか着いていた、目的地の扉を開ける。開けたと同時に慌ただしい雰囲気が一気に外へと流れだす。飛んできた何かが見事にアレンにクラッシュした。

「った!」
「あ!アレンちょうどいい所に!ティムキャンピー捕まえろっ!!!」

アレンの顔に遠慮なしにつっこんできたのはどうやら彼の師匠が作ったゴーレム、ティムキャンピーらしかった。鼻を押さえて上を見上げれば、満足そうにそのゴーレムがはばたいているのが見える。左腕でがしっと一気に掴み取るとアレンはそれをリーバーに手渡した。

「さんきゅ!急にティムがばたばたしだしたと思ったらアレンが近づいてきてたんだな。やっぱ主人はわかるのか?」
「さぁ?別にティムは僕に懐いてるわけじゃないと思いますけど。」
「ふーん?あ!っつかこれ報告書。悪ィな、皆忙しくてちゃんと教えてやらなかったから・・・。トマも神田もいないとは思わなくて。」
「いえ、全て神田のせいだと思うことにしてるので皆さんが気に病むことはないですよ。」
「・・・・・・。」

ため息をつくリーバーとリナリーをよそにアレンは『報告書作成の手引き(アレンくん用だよ☆byこむい)』に目を向けた。
思っていたほど厚くはない。アレンが書いた報告書の行間に整った綺麗な字でごちゃごちゃと色々書き記されていた。アレンの字とは大違いである。
ぱらりと一枚めくると顔を出したのは何かの建物の図。色々と思い巡らせてみるものの、それと該当する建物はアレンの頭の中には残念ながらなく。一番上に書き記された名前も聞いたことのないようなものだった。首をかしげて角度を変えて見てみようなんてまったく意味のないことをしてみてももちろん何かわかるわけがない。

その建物はどことなくギリシアにあるパルテノン神殿を思い出させ、昔の宮殿か何かのように見える。壮大な建築物に壮大な庭。その建物の設計図が細かく、そして的確に印されているのだ。部屋の長さはもちろん置いてある花瓶の高さに至るまで。すごかった。あまりに綿密なその図にそういったものにとくに興味のないアレンも感心した。

と、それはともかく。

「あの、リーバー班長、これは何ですか?」

ゆっくりと振り返ってから、ああ、そうだ科学班は忙しいんだった、とアレンは思い出した。がりがりがり、ばさばさばさ、がりがりがり。人の声こそ聞こえないものの、何故かこの部屋は騒がしい。

「あの、リナリ、」
「ごめんね。」

ざっくりと断られた。仕方がないのでとりあえずこの壮絶な図は放っておくことにして、おとなしく自分の報告書のやり直しにとりかかろうと決め、アレンはその紙をめくろうとして、はたと気付いた。

名前が書いてある。おそらくはこの図を書いた人間の。

、って読むの、かな?」

つ、と人差し指でその字をなぞる。

この図を書いた張本人。会ってみたいと思った。




++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ヒロイン出てこなくてすみません・・・。

07年02月18日


薔薇が愛した花嫁TOP