から出た嘘





「ぎゃははっ!ざまーみろっ!僕の勝ちっ!」

華奢な身体には不釣り合いなほど大きく口を開けて馬鹿みたいに笑う出夢くんを、私は例によってテーブルを挟んで見つめている。
殺し名序列第一位匂宮雑技団の中でも群を抜いた戦闘能力を誇る出夢くんが何故匂宮雑技団のさらに分家の下っ端の私なんかに構うのか正直言ってよくわからない。一説によると私が出夢くんの妹に似ているかららしかった。その理屈から行くと私と出夢くんも似ていることになるのだけれど、それは自信を持って否定できる。似てない。










私が匂宮出夢に出会ったのは、世間が新しい年に向かってせわしなくなる、7歳のクリスマス直後のことだった。
本家に行くことすら初めてで、幼いながらもその緊張を読み取っていたのか母の手を握る私の小さな手は少しだけ汗ばんでいた。
母が呼び出されて誰だったかとにかく割と偉い人たちと奥の間に消えていってしまって、見たこともないような大きな家の中で縮こまっていた私は、その時何を思ったのか、こっそりと部屋を抜け出した。今考えてみるとなんて命知らずなんだろうと思うけれど、その時私はまるで迷路のようなその家を探険することがすっかり楽しくなってしまったので、手当たり次第に扉を開けてみたりした。
その過程で、出夢くんに出会ったのだ。まさか人喰いだなんて思わなくて、「よかったなあんた、もう今日は殺人の時間終わってんだ」、やっぱり大口を開けて笑った出夢くんの足元には何か、おそらく元は人だったのだろう、ぐちゃぐちゃしたものが広がっていた。

それでも私が出夢くんを少しも恐いと思わなかったのは、彼があまりにも楽しそうに笑っていたからかもしれない。それから「ねぇ暇なら遊んでよ」、にこにこしながら私の目の前で楽しそうにトランプを取り出した。いいよ、私はそう言ってびちゃびちゃに真っ赤に汚れた座布団に座った。



本当に恐くなかった。





出夢くんも子供だったから。





それからは私が本家にお邪魔してかつ出夢くんも在宅の時は何故か2人でトランプという習慣が出来た。ちなみに私が勝つと出夢くんの機嫌は最高に悪くなるので私は滅多に勝たないようにしているのだけれど。それでも勝ってしまう時というのはあって、そういう時の出夢くんはおもちゃを取り上げられた子供みたいだった。










なぁ、と出夢くんが私を呼んだ。勝利の喜びを味わい終えたらしい。なぁに、私は読んでいた雑誌から顔上げた。

「あんた、しばらく本家来てないけど、もう来ないわけ?」

そうなのだ。
私はここ数年本家には顔を出していなかった。というのも元々私は匂宮雑技団とは言えないのではないかというほど関わりは薄く、本家にも1年に1回行けば良いほうだったので、母が亡くなった年を最後に行かなくなったのだった。母は本家に対して崇拝に近い念を抱いていて必ず挨拶に向かっていた。私はそれについていっていただけだった。

そして行かなくなったということはつまり。

出夢くんが私の家を訪ねてきたのだった。

「なに?さみしい?」

からかい半分でそう言えば出夢くんは真剣な顔で、



「うん」



と言った。
トランプをする仲であっても決して仲良しというわけではないのだから、これは異常自体だと私は思った。冷静に、なるべく客観的に考えてそれから出夢くんを10秒見つめた。

「どうしたの?」

出夢くんのことなんて風の噂程度のくらいのことしか知らない私は結局出夢くんの珍行動の原因が思い浮かばずに単刀直入にそう尋ねる。すると明らかに彼の機嫌が悪くなり、ああせっかく今日も出夢くんが勝てたのに、と私はぼんやりそんなことを考えた。
蛍光灯で照らされた部屋の中で黙ってしまった出夢くんに、私は仕方がないので再び思考を巡らせた。風でカレンダーが12回ほどめくれた後に、どうにか思い当たる。





「理澄ちゃん、何かあったの?」





私は会ったことのない出夢くんの妹だ。
彼に大切なものがあるとするならばそれは彼女1人だと思う。いつだったかお気に入りの男の子がいたようだったけれど、もうしばらくその人の話は聞いていない。

「なぁ、、僕はさ、妹、なんていなくても、」

どんよりと曇った空を見上げながら出夢くんがぽつりと呟いたのを見て、





ああ、

理澄ちゃんは、

もういないのか、





と私は悟り、それから同時に、





出夢くんも、

もうすぐ、





と思った。泣きたくなったけれど泣かなかった。





出夢くんが泣いていなかったからだ。





END

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UPできずにすみませんでした。

08年12月27日


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