「とても、似ていると思いました」



 美少女、もとい崩子ちゃんが突然ぽつりとそんな言葉を吐き出した。



 人類最強による崩子ちゃん誘拐事件から3週間が経つ。哀川さんによって誘拐されたはずの崩子ちゃんの救助依頼を人類最終の想影真心に託したはずなのに、何故か哀川さん本人の手で崩子ちゃんは無事骨董アパートに届けられ、そして真心はその5日後に帰ってきた。
 哀川さんが崩子ちゃんを連れて一体どこに行っていたのかはわからないけれど、萌太くんが持っていたらしい大きなデスサイスを握り締めて僕の部屋の玄関先に立っていた崩子ちゃんが、出て行く前に比べて疲労こそしていたものの憑き物が落ちたみたいにすっきりした顔をしていたから、僕は何も聞かなかった。ただ、哀川さんが帰り際に「お前さー自分の鏡くらいちゃんとしつけとけや」という理不尽極まりない、というはむしろ不愉快極まりない言葉を残していったから、とりあえずあの趣味が悪い人間失格が関わっていたらしいということだけわかった。



 その後も相変わらず崩子ちゃんは僕の部屋に頻繁に訪れては林檎やらなにやらを剥いて帰っていったりなんかをしているんだけれど、一度もその誘拐事件のことには触れていない。別に崩子ちゃんが話したくないならそれでいいやと思っていたのだけれど。



「似ていますね、人識さんと」



 まさかの零崎の話だった。

 あいつの名前を聞くことさえ久々すぎて一瞬なんの話をしているのか飲み込めずに、僕は適当に相槌を打ってしまう。崩子ちゃんが零崎とまともに接触したのは多分あの誘拐事件の時だけだろうと思われるから、きっとあの時を思い出しているんだろう。

「あーまあ、不本意ながら鏡らしいから。あれは」

 僕を欠陥製品と呼ぶ人間失格。
 零崎の中の零崎。
 秘蔵っ子。



 はみ出しモノ。



 掴み所のない奴だった。といか、アイデンティティが不確かすぎて、それでいて強烈なまでに印象に残る見た目だった。僕と並んでいたら、それこそ誰もが不思議に思うだろうくらい完璧なまでに僕とは違う奴だったけれど、ただ、その掴み所のなさとか、ふわふわしていて地に足がついていない感じとか、そういうところが僕みたいだと思った。



「違います」

 崩子ちゃんが視線は僕に向けないままそう言った。
 うん?僕は崩子ちゃんへと視線を向ける。

「戯言遣いのお兄ちゃんに似ていると思ったわけではありません」
「・・・・わお」

 ちょっと予想外すぎてそう返事を返したら心底嫌そうな顔をされた。
 いや、僕もちょっとこれは間違えたかなと思ったけど。

 ともあれ。

「僕以外に、零崎と似ている奴なんていたっけ?自分で言うのも何だけど、僕らは特殊中の特殊だと思うよ。いや、まあ正確には僕と零崎は鏡であって、似ているわけじゃないから崩子ちゃんの意見は正しいけど」
「そんな戯言を言うつもりはありません」
「・・・・」

 自分自身を全面否定された気分だった。



「正しくは、零崎一賊に似ていると思ったのです」



 崩子ちゃんは、じっと手元にあった林檎を見つめた。彼女の唇に似て真っ赤なそれを、食い入るように見つめている。

 多分、林檎を見ているわけじゃない。



 赤。



「あの人は、私なんかのために自分が受け皿となって着水し、そうして骨を折ったりなんかをしていました。もともと体力は万全ではなかったはずなのに、そこに追い討ちをかけるようなことをしていました。わかっていたはずなのに、です」
「うん」
「他人のために。そんな曖昧で不確かなもので、あの人は戦うんです」
「うん」
「似ていると思いました。人識さんに。いえ、人識さんたちに」

 詳しくは知らないですけど確かあの一賊は家族のために戦うのでしょう、と崩子ちゃんはそこでやっと僕の方へ視線を向けた。僕は窓の外に視線を遣った。



 そういえば零崎が自分のお兄さんのことを話してくれたことがあったような気がする。
 真心が全滅させたと聞いているけれど、その理由も確かに1人殺せば全員向こうからやってきてくれるから、だった。

 自分のためよりも。

 お金のためよりも。

 利益のためよりも。



 何よりもきっと、強いモチベーションが、「家族のために」。



 人類最強の請負人、哀川潤も、乱暴で粗雑でどうしようもないほど強引な人であるけれど、同時にどうしようもないほど身内に甘い。崩子ちゃんは自分を他人と称したけれど、哀川さんにとって崩子ちゃんはもう立派な身内だった。一度関わってしまえば、彼女にとっては病人だろうと子どもだろうと犯罪者であろうと身内になる。

 そうして、無条件に、甘い。

 だからきっと、零崎だって、ああして生き延びているんだろう。

 似ている、のかもしれない。

 確かに。

 でも。



「全然違うよ」



 今度は僕が呟いた。会話の延長上というよりも、それこそ本当にぽつりと口をついて出た。

「零崎のそれは、殺人で、哀川さんのそれは、戦闘だ」
「・・・・そんなに、違いは見られないと思いますが」
「違いは見られない?むしろその逆だよ、」





 それこそまさに、







   


END
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似てるなあと思ったんですけど、でも決定的に違うよなあとも思ったのでした。

10年05月05日


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