「わ、雪だ」 「寒ーい…!」 犬は喜び庭駆け回る、と歌ったらきっと彼は怒るから、心の中に旋律をしまい込む。 今日は朝から寒かったけれど、まさか東京で雪が降るなんて天気予報でも予測はされていなかった。 最近はめっきり寒くなって、霙混じりになることはよくあったけれど、一面に気持ちよく白銀が広がるのはこの冬初めてのことだった。 「、帰るよー」 「うん」 部活が休みの時は一緒に帰路につくのが私たちの暗黙の了解になっている。 校門を出て人気がまばらになった時を狙って、誠二は私の手をそっと握り締める。 寒くても、手袋を持たずに我慢しているのはこの瞬間がとても好きだから。 「ここに、俺とのふたつの足跡があるでしょ」 吐きだす息が白くて冷たい。 一度一瞬振り向いた後に、誠二はふと立ち止まって後ろを振り返った。私もつられて振り返ると、一度離された手がもう一度強く握り返される。 薄ら降り積もったコンクリートの上の雪には、誠二のスニーカーの大きな足跡と、私のローファーの中くらいの足跡が等間隔に並ぶ。 どうやら返事を待っているようだったのでうん、あるね、と一度小さく頷くと、彼は満足そうに大きく頷き返して再び口を開いた。 「これって素敵だと思わない?」 「うーん、ごめん。よくわかんない」 彼は時々とても抽象的になる。ただそれは自分の中では最後まで答えが導きだされている故のことだろうと思うから、特に不快に思うことはない。 聞き返した後の彼の満足そうに説明する姿勢は実は嫌いじゃない。 「では、問題です。この二つの足跡はどこへ続いていくでしょーかっ?」 「一緒に続いていくのはそこの十字路までだよね」 目の前の交差点で私たちの帰り道は別れる。 誠二は困ったように目を細めて笑った。 「そういうことじゃなくてさー!」 ぎゅ、っと更に強く繋いだ手が握り締められて、負けじと握り返す。 なんて言えばいいのかな、と白い息と共にぶつぶつ呟きが漏れる。 「こう、今ここまでの道の二人の足跡じゃなくて、これからの俺との足跡もさ、こうやってずっと二人分並んでいったらどこにいくでしょうっていうことなんだけど」 「こうやって雪が降らなくても毎日この道には二人分の足跡がたくさん付くねってこと?」 「うーん、ちょっと違うー」 空いている方の手で誠二はポリポリと頭を掻く。 「つまり、さ」 珍しく彼は言い淀む。パクパクと口を動かし、小さく唾を飲み込んだ。 「二人の足跡がずっと…ずっとずっとずーっと二つ並んでたらいいなーってことだよ!」 思い切ったように言う誠二を見つめると、彼は心なしか顔を紅くしている。繋いだ掌もさっきよりも断然汗ばんでいるように感じる。 よくわからなくて、だけど何だかこっちまで照れくさくなってきて、よくわかんない、と呟くと、不意打ちのように小さなキスをされた。 「いいよ。卒業するまでに意味わかってくれれば!の宿題!」 「えー?あと2ヵ月もあるよー」 「2ヵ月しかない、だろ。あの時なんて言ってたっけ、とか後で聞き返すの禁止だからな!」 「えー」 ――二人の足跡がずっとこのまま、二つ並んで続けばいい。 うん、実は、私もそう思う。 でも、照れ隠しをしている誠二も好きだから、期限まで気づかないふりをしていようと思う。 10年02月04日 癒衣 |