「さんってさ、郭と付き合ってんの?」 それはもうはっきりと。 睡眠時間2時間のの頭にもしっかりと。 クラスメイトの声は響き渡った。 届けられた言葉を飲み込むところまではどうにか為すことができたものの、それを脳内にて処理をして言葉という他人にもわかる形にして発するまでに、少々時間を要した。しかもそれが行われている間の表情は固まったまま動かないのだからそのクラスメイトがそれを肯定と取ったとしても、仕方がなかった。 「まじかよ!」 と。 教室のど真ん中で。 彼は嬉々として叫んだ。 は坊主頭の彼を、松田くんって野球部だったっけ?、と割とどうでもいいことを考えながら数秒見つめ、それから友人に何やら報告し始めた彼をとりあえず止めなければならないことに思い当たった。「松田くんっ!ちょ、」こっち来て!と彼の左手首を掴んでずるずると廊下に引きずりだした。 「付き合ってないから!」 思わず大きな声でそう言ったの声は、まだ登校ラッシュを迎えていない廊下に思ったよりもこだましたけれど、気にしている場合ではなかった。きょとん、と事態を把握し切れていないらしい松田というクラスメイトに、はもう一度はっきりと言う、「付き合ってないから」。彼はとても残念そうな顔をした。 「え、何付き合ってないの?」 「付き合ってないの。早とちりだよ、なんでそんなこと思ったの?」 「えー、だって夏休み、中央図書館にいたろ、2人で」 「・・・・たまたまだよ」 「なんだたまたまかぁ」 つまらなさそうに口をとがらせてさっさと教室に入っていく後ろ姿を見つめながら、は彼が割と素直な性格であることに感謝した。普通の中学生は、たまたまなんてそんな曖昧な言葉では納得しない。 ともかくも誤解は解けたようで、は安堵した。彼の性格と先程の態度から考えて夏休み中に誰かに言い触らすようなことはしていなさそうだから、そちらは心配しなくても大丈夫だろう。 約40日間ある夏休み、と郭が実際に会ったのはたったの2回だけだった。夏休みに入ってすぐに中央図書館で会ったときと、夏休みの最後にが郭のサッカーを見に行ったときと。別に付き合っているわけではないことを考えると、的には快挙と言っても過言ではないのだけれど、果たして郭はどう思っているのか。 2学期の席替えで、と郭は見事に席が離れてしまった。郭は窓際の前から3番目、は廊下側の一番後ろだ。何もここまで徹底的に引き離さなくったっていいじゃないきっと話す回数が減っちゃうよ、と嘆いたの心中の通り、結局学校が始まってからと郭はほとんど話していない。 朝のホームルーム5分前を告げるチャイムが鳴る。教室に入ろうと歩を進めて初めては徒労感に襲われた。 自分で思っていたよりも狼狽えていたらしい。ため息をつきながら教室の後ろのドアをからりと開けると目の前には良く知った顔。 「郭!」 びくりと反応したに、郭は小さく苦笑する、「そんなに驚くことないんじゃない?」、驚いたまま固まって動かないの頬を掠めるように郭は右手を延ばすとゆっくりと教室の扉を閉めた。 「驚かせてごめん、席替えしてから全然話してないから、ちょっと不足」 例えば肝試しで茂みから脅かし役が出てきたとしてもここまで驚かなかっただろう、それくらいに郭の言葉は影響した。郭と話していると自分は頭の回転が心底悪くなったのではないかと思うことがは多々あった。それは彼の発した言葉を言葉通りに解釈することは非常に都合の良いことなのではないかという後ろめたさから来るものだった。 そしてその現象はまさに今も起こっていて。 不足の意味をは理解出来ずにいた。 「、聞いてる?」 ぺし、と頬にあたるは郭の掌。 「あ、いや、ごめん思考回路がショート寸前」 「なんでセーラームーン?」 ふ、と笑った郭の顔を久々に見たからだろうか、はいつもよりもそれを嬉しく思う自分がいることに気が付いた。 教室の喧騒が一層強くなる。時計を見るとホームルーム開始まであと3分を切っていた。どたばたと走り回るクラスメイトの視界には、おそらくたちは映っていない。こういう、少しだけ自分が切り取られたような気分になる時間がは好きだった。加えて、今は郭が側にいるのだから、なおさら。 「ねえ、あの2人が、またに会いたいって言ってるんだけど」 「あの2人、って一馬くんと結人くん?」 そう、と郭は些か嫌そうな顔をした。 郭の親友だという真田一馬と若菜結人に、は夏休み中郭のサッカーの練習を見に行った際に出会った。正直まったくタイプの異なる3人だったから、驚いたけれど、似ていないからこそ長く続いているのかもしれないな、と思ったのも本当だ。 くるくるとよく表情を変えて笑う若菜や、割と顔に何でも出てしまうまっすぐな真田といるのも楽しいけれど、そんな彼らと笑う郭を見ているのが特別好きだった。知らない顔を見られるというだけでなく、そこが郭のお気に入りの空間だと言うから、その中に入ることができて嬉しいのだ。 「あたしも会いたい、一馬くんと結人くん」 「無理しなくてもいいんだけどね、まあそう言ってくれるなら嬉しいし。じゃあまた詳細決まったら連絡するから」 ありがとう、伝えたの言葉は、本鈴が鳴り響いて郭に届いたかどうかわからなかった。 季節は、秋へと進んでいく、ゆっくりと、でも確実に。 |
written by 夜桜ココ 081011
|