は生徒会長に感謝した。 放課後になって突然生徒会役員全員にやってもらうことがあるなどと突然言いだした一つ年上の生徒会長に、正直いらだちを覚えていたのだけれど、全校印刷とホチキス留めを終わらせて、閑散とした廊下を一刻でも早く帰りたい一心で突き進んで行くと、郭英士の姿があっていらだちなどあっという間にどこかに消し飛んだ。 恋する乙女という生きものは好きな人会えれば幸せという、それはもう単純な状態にあるわけで。 何故郭がこんな時間まで残っているのかはわからないが、とにかく今巡り合えたのは放課後に生徒会を開いてくれた生徒会長のおかげということで。 そんなわけでは生徒会長に感謝した。 勝手である。 「郭」 平静を装っては廊下の掲示板を見上げている郭に近づいていく。淡いピンク色をした紙面を見つめていた郭は、驚いたように振り返った。 「――?驚いた、生徒会?」 「うん、ちょっと雑用手伝わされてた。郭は?」 「担任に呼び出された」 郭は冷たい廊下の床に置いていたエナメルバッグを肩に掛けると、を真正面から捉える。一瞬はこのまま近づいていっていいものか悩んだが、郭がそこから動かないということは別に拒否されているわけではないのだと判断し、人三人分くらいの間隔を空けて彼の目の前に立った。 2年でも引き続き同じクラスになったこともあり、と郭英士は格段に会話をするようになった。例えばそれは授業の合間だったり、昼休み前の些細な時間であるのだけれど、にとってその時間がもたらす意味は大きい。郭と会話できるだけでも幸せなのだ。恋とはなんてお手軽に自らを幸せな気分にしてくれるのだろうと変な感心をしてしまう。 そんなわけでいつもとは違う時間帯に彼と出会えただけでも満足だったは、またね、と告げて帰ろうとした。 「、今帰り?もしそうなら途中まで帰ろうよ。五差路のところまでは一緒でしょ」 そうしたらまさかの郭からのお誘い。予想だにしていなかった展開に、はぽかんとした間抜けな顔をしそうになったけれど、慌てて顔を引き締めて肯定の返事をする。 郭英士と肩を並べて校門を通過していくのはなんだかとても変な感じがした。男女2人組がこうして帰っていくのを何度も教室の窓から見たことはあるにせよ、それと同じことが自分の身の上に降り掛かっていると考えると居心地が悪い。 「って、どうして部活に入らないの?すごく運動神経が良いって聞いたけど」 すぐ側で響く郭の声。はゆるゆると首を振る。 「運動神経は皆が言うほどよくないよ。部活に入らないのは生徒会だからで」 じっとりと汗ばんできたのがわかる。気温自体はそれほど高くはないのだが、湿度が高いために、嫌な汗をかく。はちらりと横を歩く郭を見る。彼の額にも汗は見えたけれどさして気にしている風でもなさそうだった。炎天下の中走り回るサッカー時に比べたら、ただ歩くだけの登下校くらいなんともないのかもしれない。 学校の女の子たちがつけたクールビューティーという隠れたあだ名は妙に的を獲ているなぁと突然そんなことを思う。 ポーカーフェイスな彼の心情を上手く読み取ることはできない。冷たいわけではないのだろうけれど、どうしてもそっけない印象を彼から受けてしまうのは、一人でいるときに彼が纏っている孤独に近い雰囲気のせいなのだろうか。 特に会話が弾んだわけでもなかった。 それでも息が詰まるような感覚はお互いにしていない。半歩下がるようにがついていこうとすると、郭は必ずどこかで歩調を合わせるように少じけ歩むスピードを遅らせる。そんな彼の気遣いがうれしくて、は思わず何度もわざと後ろに下がるような真似をしてしまった。 「・・・、それ、わざと?」 「あはは」 「あははじゃなくて」 やはり何でも見透かされてしまうのか、とは苦笑した。前にもバレていないと思っていたことが彼にバレてしまっていて、恥ずかしさを通り越して自分に呆れてしまったのを覚えている。 そうして他愛もないやりとりをしているうちにあっという間に五差路まで来てしまい、は名残惜しそうに点滅する信号を睨んだ。 赤い夕日の方角に郭は行く。 赤い夕日に背を向けては行く。 じゃあねと手を振りかけて、は無意識のうちに郭のブラウスの袖を掴んだ。 「また、一緒に帰ってくれる?」 が早口にそういうと、郭は少しだけ笑って頷いた。 また一歩、距離が縮まる。 30.June written by 夜桜ココ 080629 |