突然だった。



ディズニーランドへ行こう。



はその意味を理解出来ずにぽかんと口を開けた。正しくは、その日本語を理解することはできた、のだが、目の前の人物――自分の恋人である郭英士の口からその単語が出てきたこと、が理解出来なかったのだ。
世の中がもしもディズニーランド好きとディズニーランド嫌いに分割できるのならば、間違いなく彼は後者のように見える。が、超現実主義者だと信じて疑わなかった郭の口から、別名夢の国であるディズニーランドが出てくるとは、それこそ夢にも思っていなかったのである。

?聞いてる?」
「え・・・あ、うん聞いてる」

うまく回転しない頭をフル稼働させてどうにか言葉を絞りだしたに、郭は目を細めて笑う、「変な」、としては変なのは郭だった。

「英士って、夢の国とか行くんだ」
「夢の国?」
「ディズニーランドのこと」
「俺、ミッキー好きだよ」

さらりとそんな恐ろしいことを言う。ミッキーと仲良しの郭なんて、残念ながらには想像できなかった。
そんなこんなで繰り広げられた会話は、「じゃあ今日5時間目終わったら下駄箱で」という心底驚くような郭の言葉で締め括られた。










夕暮れ刻の中を電車が駆け抜けていく。2月末にもなれば日没も大分遅くなり、時刻は17時を回っているというのに随分明るい。はJR京葉線に揺られながらじっと窓の外を眺めていた。もうすぐ、夢の国へ着くのだということはわかっているのだけれど実感がわかない。
別にディズニーランドが嫌いというわけではないけれど、というかむしろだって大半の女子中学生と同じく心ときめくと言ってもいい。けれどそれはあくまで自身の話であって残念ながら郭にもそれが共通するとは思えないのだった。

男の子のディズニー好きというのは、女の子とは違う理由であることが多い、とは思っている。キャラクターに惹かれる女の子とは違い、ただ単にアトラクション――とりわけ絶叫系と呼ばれるものの類が好きだから、という理由がほとんどだ。だから例えばよみうりランド近くに住んでいるの従兄弟は、「ディズニー行くんだったらよみうり行く」と言うのだった。

百歩譲って郭が絶叫系が好きだったとして(それでも十分違和感だ。嫌いではないだろうけれど、恐ろしいほど絶叫系好きという単語が似合わない)、でもだからと行って何故このタイミングでわざわざ千葉県まで学校帰りに赴いているのか、には未だ理解できない。

ちらりと横目で文庫本を読みふける郭を盗み見る。



「何、。俺の顔、何か付いてる?」



少し視線を向けただけなのに気づいてしまう郭に、は毎回驚かされる。自分は割と見られていることに気が付かないから、どうしてわかるのだろうと不思議に思うのだ。
乾いた喉を潤すために、ペットボトルに入ったミネラルウォーターを一口飲み込み、彼を見る。

「英士さ、なんで急にディズニーランドに行こうだなんて言い出したの?」
「嫌いだった?」
「え、いや、そういうわけじゃないけど、英士が行きたいとか言い出すとは思わなかったから」

よく言われるけど、と郭は苦笑した、「結人が好きだから昔は1年に2回くらい3人で行ってたよ」、そんなことを懐かしそうに話す。は郭の友人である若菜結人を思い浮かべて、確かに彼ならばディズニーランドで耳を付けて歩いていても違和感はないなとそんなことを思った。
タタン、小刻みに振動しながら電車は進む。
次の次の駅が舞浜駅だ。夢の国へ平日のこんな時間に来たことはないから、やっぱり少しだけ緊張する。郭の真意は掴めないままだったけれど、やっぱり無条件でわくわくしている自分がいては苦笑した、乙女ではなくても、女の子はやっぱりあの遊園地には勝てない。
少しだけ車内が混んで来て、郭はを隅に立たせると、まるで何かから護るみたいに手を添えて隣に立つ。顔が近いなぁ、なんて呑気にそんなことを考えていたら急に恥ずかしくなってきて、は少し目線を下に向けた。「」、すぐ上から郭の声が降ってくる。

「今日、工藤さんと話してた内容覚えてる?」
「工藤ちゃんと?あ、昼休み?」
「そう」

巻き戻すようには今日の出来事を頭の中で流していく。昼休みにクラスメイトの女の子と一緒に、確かに何か話していたのは覚えているのだけれど、いちいちその内容なんて覚えていない。そもそも女の子というのは割とおしゃべりが好きな生き物で、それは始まるとなかなか終わらない。その上ころころと話題が転換されていくのだから、いきなりそんなことを言われても思い出すことはできなかった。

「何だっけ。何か話してたのは覚えてるけど。あ、映画だったかな」
「それより後だよ」
「後?あ、テストとか?」
「その前」

そこまで言うならば言ってくれてもいいのに、とが少し不満を言うと、郭は曖昧に微笑んだ。いつもは思うのだけれど、それは反則だと思う。あの笑顔に負けない女の子なんて見たことが無い。

「思い出したディズニーの話してた!」
「それ」
「あーすっきりしたー。で?それがどうかしたの・・・あ、」

目まぐるしく会話を再生していく過程で、は一つの可能性にぶち当たった。


『ディズニーランドかーいいね、でもちゃんは郭くんがいるじゃん』
『えー?英士ってディズニーとか行くのかな』
『普段行かないにしてもさ、ちゃんとなら行ってくれるって!いいじゃん、そういうの、羨ましいなぁ』
『まぁ、確かに恋人とディズニーランドって、ずっと前から憧れてたけど』


昼休み、クラスの仲が良い子数人で、春休みにどこかに行こうと話をしていた。郭はから見て斜めに4つ分くらい席が離れているところで、やっぱりクラスメイトの数人と話していたのをは見た。のいるところまで郭の声は届かなかったから、自分の声が彼の元まで届いているとは思わなくて、思わず顔をあげて郭を見てしまう。
まさか自分があんなことを言ったから今こうして向かっているわけではないよね、そう言い聞かせつつも期待してしまう。

「憧れ、って言ったよね」

驚くほど近い距離で、驚くほど優しい声で郭は言う。
はまた急に何か恥ずかしくなってすぐに下を向く。
こつん、と郭の頭があたる感覚がした。



「ねぇ、



くぐもった声。自分の頭に郭が顔をうずめるようにして話しているのだということが知れた。なに、と小さく返事をしながら郭の顔を見ようと動かしてみても、ほとんど動かなかった。








「好きだよ」








だから少しでもの願い事叶えたい、郭は言った。



タタン、揺れる電車の振動と大きすぎる自分の鼓動を聞きながら、はぼんやりと沈む夕日を見ていた。



――あたし、愛されてる。









28.February










   
written by 夜桜ココ 090310