折衝。 放課後のライトまで全て落ちた校庭の端。 普段の校内の喧騒は幻、そう言わんかの如くにただ静寂がある。 緩く流れる風にはもう冬の匂いはなく、微かに桜の匂いが薫る。 そこを切り裂くは風の音。 否、自分が振り下ろすバットの音である。 振り下ろす、その動作に山本は微かに自嘲する。 バットは振り下ろすものではない、不良ややくざが喧嘩に用いるわけではないのだから。 しかし、今時分が手にしているバットは明らかに用途がそうである。 人を傷つけるための道具であり、そして護るための道具だ。 けして、ボールを遠くまで、ただ遠くまで弾き飛ばすだけの道具ではない。 傍に落ちているバットを入れている鞄のなかには日中自分が使う、野球のバットが収められている。 今手の中にあるそれは、日中使える代物ではない。 「なんなんだかな」 もう一度自嘲し、手に滲んだ汗を拭う。 そしてもう一度、バットを振り下ろす。 今度は速度に達したらしい、形状が変わった。 僅かな街灯の光を弾き、ぬらりと不気味に光る。 此れで何人を切っただろうかと、ふと考える。 遊びで振るったこともあった、反射的にそうだったときもある。 何のために此れを振るうのか、そう思うときもある。 答えは、でない、いや、ない、此れが正確だろうか。 「どうしたもんかな」 刀をバットの形状に戻す。 そして地面に置いてあった鞄に手を掛けようと、した。 「ふうん、一段といいもの、手に入れたんだね」 背筋が粟立つような感覚、同時に弾かれるように振り返る。 満開の桜の木の下に黒い人影。 その声でわかる、闇を夜を背負う、漆黒の男だった。 全身を黒い学生服で包み、唯一襟元、そして腕章だけが暗闇から浮く。 そして端正な表情に獲物を狙うような、鋭く、そして飢えた様な笑みを浮かべ。 雲雀恭也が、そこにはいた。 「な・・・」 「また赤ん坊の差し金かな、まあいいや、相手してあげるよ」 拒否を許される時間もなく、雲雀は愉しそうに口の端を歪めると、トンファー構え、そして一気に距離を詰めてくる。 近づく目線、はためく黒。 一瞬足がすくむのに息をつき、戦慄に早鐘を打つ心臓の鼓動を鎮め、バットを振る。 規定速度を通過、そして構えた切っ先が、ぎらりと、光る。 左手から一打、鈍い、金属同士の接触音。 華奢な体のどこにこんな力があるのだろうと一瞬思う。 弾くと同時に二打目がくる。 右手。 受け止めておいた左手を払い、多少姿勢を崩した彼の右側。 身体を一回転し、そのまま叩き込もうと狙いを定める。 走る切っ先。 計らずともスイングのフォームをとった自分の脳裏に、声が聞こえた気がした。 『いけー山本』 『かっ飛ばせ山本』 「あ・・・」 刃先が、止まる。 その一瞬がいけなかった、その一瞬、その間に雲雀は体勢を立て直し、ゆうゆうと振りかぶる。 笑顔が、眼前にひらめいた笑顔が、山本の恐怖心を煽る。 防衛本能、咄嗟に刀を引き護りに徹するが、一瞬遅い。 側頭部にまともに入ったそれに、山本は意識をとばした。 眼が覚めたとき一番に感じたのは土の匂いだった。 側頭部がずきずきと痛む、夜風にしみるところを見ると出血もしているようだった。 強い衝撃に揺さぶられた脳髄は、まだ上手く思考を結ばない。 ただ、生きていること、だけが判る。 体を起こそうと腕を動かしてみる。 すると、声が落ちてきた。 「なんだ、生きてたの」 感情の起伏のない、しかしどこか鬱陶しそうな声が落ちてきた。 再び戦慄する。 軋む身体をどうにか動かし、その男を見上げる。 漆黒を背負い、男は不思議そうに、否、弱者を蔑むように山本を見詰めていた。 手にはもう武器はない、それを見て、山本は力を抜いた。 「しんだらこまるだろ」 「なに甘いこと言ってんの」 「別に君一人死んだところで何か問題でもある?」 僕も君もすでに規定外の世界にいるんだよ。 そういうように、男は笑みをかたどった。 夜陰の中で一層深く刻まれた印影。 「ねえなんで、手を抜いたの」 肩を蹴られ仰向けにされた。 星も見えぬ空にぼんやり浮かぶ桜の花が目に入る。 その中で男は自分を見下ろしていた。 「てなんてぬいてない」 まだ痛みで呂律がはっきりしない自分の声をぼんやりと聞く。 手なんか抜いていない、そうだ、手は抜いてない。 そんなことをしたら真っ先に殺されている、この男はそういう男だ。 生きているのは、ただ校内でやりあったから、そういう理由か、はたまた。 ただ、一瞬迷った。 そうだ、一瞬迷ったのだ、日常を諦められていない自分は確かにいる。 護ろうと思った、大切な仲間を、しかしまだ、諦められない。 だから自分は戦う理由を、目的を見いだせない、見つけることができない。 そのうえ、自分は自分の身の危機を感じたら容赦なく刀を振るうだろう。 そして、非日常に足を踏み入れる、しかしそれを正当防衛として正当化する、そして忘れようとする。 矛盾している。 「じゃあ、何、まだ君は逃げてるの」 まだ、というところに雲雀はアクセントを置いた。 まだ、口の中で小さく呟いた山本に男は図星なのかというような蔑むような視線を落とした。 「君が一番鬱陶しい、群れる草食動物の中で一番嫌いだ、ねえ、君は何のために戦っているの」 「おれはただ、みんなのちからになりた・・・」 ぐい、と胸ぐらをつかみ上げられ、体が起こされる。 「早くそれが偽善だって気がついたほうがいいよ、ただ求められるがままに参加していれば決めなくてもいいって思ってるからでしょ、ねえ、君みたいのが群れを滅ぼすよ」 醜い、汚いものを見るように男は吐き捨てた。 同時に離される手に、強かに地面に後頭部を打ちつけた。 痛みからだろうか、熱いものがこみ上げる。 思わず腕で顔を覆った。 本当は知っていた。 この気持ちが偽善だってことくらいは。 「俺は、雲雀お前とは違う」 「ふーん」 「でも俺は、お前ほど強くない」 「だから俺はお前が、羨ましい」 声が揺れた。 自分が泣いていることに気が付く。 そうだ、自分はこの男が羨ましいのだと山本は自覚した。 ただ一人で、自分の確固とした戦う理由をもって、その理由故にどんな状況に立たされても。 それがいくら非日常でも、どんなに不条理なものだとしても。 ただ颯爽と、一人で立ち向かえる強さに、その潔さに。 気分が悪くなるくらいに嫉妬する、そして焦燥を覚える。 ずるいと思う、羨ましいのだと思う。 戦う理由なんか探して、探しているふりをしてただ現実を受け入れるのを先延ばしにする自分に。 「・・・あっそ」 興味を失ったように雲雀は立ち上がり、背を向けた。 桜の木の下から離れ、男は闇にまぎれていく。 その背をぼんやりを見つめていた、その時だった。 肩越しに男は、振り返る。 鋭い視線が、届いた。 「ねえ」 「早く、覚悟を決めなよ、僕、本気の君を」 噛み殺したいんだ。 男は不敵に笑い、踵を返すとそのまま闇の中に消えていく。 夜風にわずかに揺れる制服も漆黒の髪も、闇に飲まれていく。 男の姿を最後まで見送ってから、山本は体をゆっくりとおこし、涙のせいで重くなった頭を二三度振った。 そしてそばに落ちていた抜き身の刀身に触れる。 するりと指を滑らせればそこに細く筋が走り、同時にぷくりと赤い玉が浮かび、指の上を滑って行った。 その色と、痛みを見て、それが現実なのだと改めて思う、そして。 山本は漸く、覚悟をきめる。 その覚悟を、した。 END・・・。 ******** お・・・おそまつ! 9999HITのお礼ですありがとうございました!! すいません山ヒバ(じゃないけどねこれ 難しかった・・・! でも楽しかったです、ありがとうございました!! |