満ち欠けとともに募り薄れる不安と・・・


月の夜に


窓の外に月が見えた。
薄く掛かった雲が風に流され、空に月が現れる。
思わずその明るさに眼を細めた。
部屋の中に月光が忍び込み、足元に自分と窓の影が落ちる。
ああ、今日は満月だったか。

其処は高台になってい、眼下には海が見える。
昼間は空を投影したかのように青く澄んでいる海だったが、今は漆黒に塗り潰されている。
揺らめく波に反射し、鈍く光る月光。
特に急ぐ必要も無い。
風にはためく団服の襟を合わせ、月を見上げながらゆっくりと歩みを進める。
夜風は空に散る薄い雲を掻き集め流していく。
時折、それは月を覆い、月光の光を鈍いものとした。

たどり着けば其処には思ったとおりの人影がある。
足を岸壁の先から投げ出し、首に巻いたマフラーは夜風に流れていた。
そして夜空の下でも微塵と揺るがない赤い髪。
其処に漂うには、相応しくない匂いが鼻をつく。

「任務帰りか」

「ん、あ、心配しなくて良い、オレは怪我してないから」

「心配なんかするか」

隣まで歩み寄り、腰を下ろす。
掌にざらりと細かい砂が纏わりつく。
特に不快感は無い。
隣に座れば生臭い匂いは一層に鼻についた。

「子供だったんさ、こんなちっちゃい、おさげの可愛い」

赤黒い手で自身の額辺りに手を翳す。
その姿はさながら水平の向こうの世界でも覗こうとしているようだった。

しかしその手はぱたりと落ちる。

「で、なんとなく、ユウの顔を見たくなって・・・そしたら今日は満月だろ」

さっきまで浮かべていた表情を彼は一瞬で消す。
それは薄雲が隠している月が其処から抜け出すように。
優しく、彼は微笑む。
慈しむような、そう、自己犠牲の上に成り立つ笑顔を。
不器用な奴だと、思う。
泣きたいなら泣けば良い。
押し殺した感情の上にある笑顔など、相応しくは無い。

「それは奇遇だな、俺もお前の馬鹿面でも拝んでやろうと思ったんだ」

「珍しいさ、利害が一致するの」

「ふん」

「いつもユウのほうが早くここにいるから、今日は来ないのかと思った」

彼は視線を海のほうへと戻す。
闇夜に浮かぶ月はぼんやりと世界を照らし、波は先ほどと変わらず、穏やかだ。
血の匂いにも慣れてきたのだろう、今では潮風の匂いも嗅ぎ分けられる。

「オレは臆病さ、呼びに行くのにも躊躇するんだ」

彼は流されていたマフラーを取り、もう一度巻きなおす。
白い筈のそれは、月光の下でもハッキリわかるほどに赤黒く変色している。

「もしお前が、白い服を着せられて、静かに眠っていたら」

自嘲するように、彼は目を伏せる。

「俺は伯爵に信仰してしまうかもしれないから」

その言葉に体温が一気に下降する。
それは重く、冷たく、心の奥に深く沈むように、吐き出された。

まるで呪詛のように。

彼の横顔を窺う。
それは冗談を言っている表情ではない。

珍しい。
感情を吐露するのも、迷いを見せるのも、こんな表情をするのも。




「何が言いたいんださっきからお前は」





「任務があるんさ」

知ってる。お前の口からではなく、すでにコムイから聞いた。

「長くなりそうで、何時帰ってこれるかわからない」

知ってる。命に関わるような、危険で大掛かりなものだということも。

俺も、お前も。

「・・・ああ、知ってる。でも仕様が無いことだろ」

望んで手に入れた力ではないことも判っている。
望んで巻き込まれた運命でないこともわかっている。
だからそうそうに折り合いをつけなければやっていけないといえばやっていけないとも言える。
「仕様が無い」
そう、仕様が無い。

「ユウ」

耳の辺りを血の匂いをした掌が掠める。
そして頬に手が触れる。
顔は見えなかった。
彼は月光を背負い、丁度雲が満月を掠めた。
ずるい。
感傷めいた奴を揶揄してやろうと思ったのに。
掠めるような軽い接触の後に、雲が晴れる。
月光に照らされた彼は、いつもの飄々としたつかみ所の無い笑顔で、笑む。

「死ぬなよ」

「死なねえよ」

「お前がくだらない感傷で俺を呼び出したりしないで済むようにお前より後に死んでやるから安心しろ」

立ち上がり、踵を返す。
彼は引きとめる仕草も見せなければ、返事もしなかった。
ただ、何かを焼き付けるようにじっと、海の先を、空の先を、そして其処に光る、月を、見つめている。
団服の襟を合わせ、夜風を遮断した。

「ユウ」

振り返る。
風に髪が流れ、視界を一瞬覆う。
見れば、月の中に、彼が浮かんでいるように見えた。
もう、沈む。

「綺麗な満月だな」

背中で告げるその男は、確かに笑ったように見えた。


また月を見上げるのだろう。
そして同じ空の下、同じ顔をして同じ言葉を吐く人を思い出すのだろう。

そして、思うのだろう。自分が生きていることを、相手が生きている可能性を。

祈るかの如く、信仰するかの如く。


ゆっくりと瞼を開く。
そして、光に慣れない双眸は、反射的にその瞼を閉じようとする。
空に浮かぶ月は満月。
空を覆いつくさんとする黄色い懐かしい光。
空には雲ひとつ無い。
そしてここに空を遮蔽するものも何も無い。
土と血が乾いて、どす黒い色で染められた手を空に翳してみる。
己はまだ生きている。
そう証明したかったのだろう、おそらく。

「綺麗な満月・・・だな」

呟けば少し不安は薄らいだ。



・・・気がした。



end・・・
*****
ごめんなさい・・・ライカは一応・・・テニスオンリーなので・・・死死。
ヘタレなラビで御免なさい。。。寧ろ+テイストみたいで御免なさい。
では!(逃 走