間違いなく、運命のヒト。












あまりにも空が綺麗な日だった。
朝起きるなり、その青さに生まれて初めて感動し、ばたばたと大きな足音を立てながら階段を駆け下りた。フランソワ(犬)におはようと大きな声であいさつをしながらリビングに入る。

「母さんおはよう!私今日出かけてくる!」
「・・・・・・・・・・・・おはようってあんた、もう12時だけど。」
「うん、おはよう!」

姉ちゃんうるさい、という弟に拳を一つお見舞いしてから冷蔵庫を開けた。今、この場で食べられそうなものは何も無い。私はくるりと振り返った。母が、何かを食べている。
母の食べかけのサンドウィッチをひっつかみ、玄関から飛び出した。後ろで何か叫び声が聞こえるが、気にしない。
階段から飛び降りてコンクリートを踏みしめた。

太陽が真上にある。

空が明るい。

大きく息を吸い込んだ。


「せーいちーーーー!!!!!!」


「うるさい!」

目の前の窓ががらりと開いて、顔を出したのは幼馴染というよりも双子に近い感覚で共に育ってきた幸村精市である。私と違って休日だろうとなんだろうと朝からきちんと起きていたに違いない。ふわふわと、くせのついた綺麗な髪が風に靡いている。私の長い、ストレートの髪も風に揺れた。

「外行こう!」
「却下。」
「行こう!」
「何で。」
「空が青いから!」
「青いね。でもそれは理由にならないよ。」

精市の最後の言葉を最後まで聞くことをせずに私は彼の家へ乗り込んだ。
おばさんの笑顔に迎え入れられながら、ギシギシと軋む階段を上り、2つ目の扉を開ける。

「外行こう!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ベッドに寄りかかりながらテニス雑誌に目を向けている彼は私の存在を無視することに決めたらしい。返事もしなければ顔もあげない。慣れてしまうほどされてきたその対応に、私は別に不満をもらすわけでもなく、彼の隣に腰を下ろした。向こうがこっちを無視する気なら、こっちも向こうの反応を無視すればいい。

「空が青いことに生まれて初めて感動しました。超・綺麗!外、行こ!!」

目を輝かせてどんなに私が今外に行きたいかを力説しても、彼は石のように動かない。じっと雑誌を読んでいるだけ。
そんなわけで、私は強行手段に出てみることにした。

「・・・・・・・・・・・・雑誌取り上げるの禁止。」
「無視するの禁止―。外行こう!」
「俺は今それ読んでるの。見ればわかるだろ?はい、返す。」
「返したら精市、あたしのこと無視するでしょう?だから嫌。」

そう言って見上げれば、上から降ってくるのは一つのため息。
観念してくれたらしいことに、私の頬は一気に緩んだ。

「行ってくれるの?」
「交換条件だよ。俺が雑誌読み終わるの待ってること。」
「おけー!わぁい精市大好きー!」










精市と知り合った(?)のは生まれて1時間も経っていない時だった(らしい)。同じ病院で同じ日に生まれた私たちを、看護婦さんが、お互いの母親に紹介したのがきっかけ。
性格が似ていたこともあるのだろう、母親たちはすぐに打ち解けた。退院してからも、お互い育児の助け合いをしながら生活し、しょっちゅう2つの家を行き来していたらしい。
私の家は精市の家から100mほど離れた、築20年の小さなマンションだった。
私が3歳になったころに双子の弟が生まれ、もう少し大きな家にした方が、彼らが大きくなった時に便利だろうということになり、マンションから今の家に引っ越してきた。そこが精市の家の前だったのは、偶然なのか狙ってなのか、そこのところは良く知らない。
家が目の前にあれば、今までよりも、子ども同士の繋がりが濃くなるのは当たり前で。
幼稚園、小学校と私たちは同じところに通い、毎日のように遊んでいた。遊ぶといっても、それはクラスメイトと遊んだあとの、夕飯までの時間のことで、ほんの1・2時間しかなかったのだが、私たちにはそれだけでも十分だった。遊んでいる方の家で夕飯をご馳走になり、そのまま泊まってしまうことだってしょっちゅうあったし、どっちがどっちの子だかわからないくらい私の両親も精市の両親も、私たち2人を可愛がってくれたのだ。
そんな精市と、離れる日がくるなんて、今まで想像もしたことがなかったし、そもそも彼がいない空間、ということが、わからなかった。もちろん今までだって、必ず毎日会っていたわけでもなかったし、四六時中彼といたいという願望なんてまったくなかったけれど、会おうと思えば会えたその環境が壊れてしまうというのがわからなかったのだ。

それが、中学になった時に訪れようとしていた。

彼がテニスをやるために、立海大学付属の中学校に行くことはもうずいぶん前から知っていたし、私も精市も、中学が別々になることはわかっていた。それでも、幸いなことに、立海大付属はここから通える距離だったので、私は彼について行こうなんて思ったこともなかった。普通に公立の中学に通って普通に卒業して普通にどこかの高校に通うというのがマイプランだった。
ところが突然、本当に何の前触れもなく、父の転勤が決まってしまったのだ。
さすがの私も困惑した。近場ならまだしも、転勤するぐらいなのだ、それはもう遠かった。日本の北端、北海道である。父の前ではへらりと笑って、「しょうがないねー」と大して気に止めてない風を装っていたものの、内心どうしていいのかわからなかった。空気と同じくらい、私にとって彼が必要であることは確認するまでもなく明白だった。
ふらふらと、彼の家に引越しを告げに私は行った。でもそのあとのことはよく覚えていない。精市の顔を見るなり号泣して、泣きつかれて眠りこけてしまったらしい。目が覚めたら自分の部屋で、母が、笑いながら、「私たちはここに残るから、大丈夫だよ。」と言っていた。つまりは私の早とちりだったらしい。父は要は単身赴任であった。
それを聞いて安心してまた号泣した記憶がある。
あの時初めて私にとっていかに精市という存在が大切かということを思い知った。










「・・・・・・・・・・あれは中々痛い出来事だったな・・・・。」

回想終了、私はボソリと呟いた。

「何?」
「んー?ほら、お父さんが単身赴任で北海道行きが決まった時、あたし号泣したでしょ?馬鹿だなーと思って?」
「そうだね。何事かと思ったよ。俺見るなり泣きだすし。」
「・・・・・すみません。」




彼は間違いなく、私の運命のヒトなのだ。

他にどんなに劇的な出会いをしても、この事実は覆されることはないだろう。
だけどそれは決して、私のお相手――つまりは恋人になるべき人という意味ではない。
私も精市も、きっといつかお互いではない誰かと手を繋いで街を歩く。きっといつかお互いではない誰かを両親に紹介する日がやってくる。

それでもやっぱり私の運命のヒトは幸村精市で、幸村精市の運命のヒトは私――なんだろう。

好きとか嫌いとか愛してるとか、そんな言葉じゃ表せない。




だって運命のヒトだから。




「読み終わったよ。」
「ほんと!?じゃぁ外行こう!小さいころよく行った、土手がいいな!」

小さく笑って私差し伸べられた手を強く握った。






彼さえいれば、矛盾は全て逆説になる。






いつかこの手を離す日までは、私が握っていたいと思った。






END
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朝比奈○うや先生のストレンジオレ○ジを読んで、この関係いいなよし!書くぞ!と思って書き上げました。読んでくださればわかります。まんまです(こらー)
や、境遇とか性格とかは全然違いますけどね!
ストレンジオレ○ジすっごく面白いので是非読んでみてください〜朝比○先生大好きー!

07年02月26日


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