好き大好き。










いの上に成り立つ恋










「赤也の髪って堅そう。」

は唐突にそう言った。
窓から入ってくる日の光に反射して光る、目の前の少年の髪がふわふわと揺れる。
金木犀の花が一つ、何の挨拶もなしに舞い込んできた。
その花をとって、は赤也のティーカップに入れる。
一瞬浮かんで、すぐ沈んだ。

「・・・・・・・・は。」

ひたすら雑誌を見ていた少年はそこで初めて、少女の姿を確認して、それからもう少しあってから返事をした。返事はしてみたものの、何を言ってたのかはわからない。聞き返してみることにした。

「何だって?」
「だから。赤也の髪って堅そうだな・と思ったんだって。」

何事のなかったかのように先程金木犀の花を入れたカップの中をスプーンでぐるぐるとかき回しながらは言った。言ってからそのカップをはい、と赤也に渡す。

「堅そーう。」
「は!?何言ってんの!俺の髪は柔らかそうだと評判なんだけど!」
「えー堅いってそれ!」
「見た目で人を判断しちゃいけません!」

俺の髪は柔らかいの!
赤也は失礼極まりないことを言った少女に対して、抗議の声をあげる。

「ってゆかなんであんたは当たり前のように俺の部屋にいるんだ!」
「赤也の部屋は私の部屋よ。」
「ジャイアンみたいな理屈言うな!」

しれっと答えたに、思いっきりそばにあったタオルを投げ、さらにシャツを投げ付ける。
はぶっ!と可愛くない声を出してそのまま後ろに倒れこんだ。
赤也が予想してたよりも痛そうな音がして、は倒れた拍子に頭をフローリングに打ち付けた。
すごい勢いで起き上がり、思いっきりシャツを投げ返す。

「臭いもん投げ付けんな!このタコ!」

続いてタオル。弧を描くこともなくそのまま一直線に赤也へ。

「は!?臭い!?意味わかんね!」
「臭い!運動部のタオルとシャツは臭いの!」
「偏見っつーんだよそれは!」

どうせ私は偏見の塊です、とは言う。
ベッドの上に飛び乗って、今だ恨みがましい目で見てくる赤也を見返した。





青春真只中の、青い子ども。





「堅そう。」
「まだ言うか。」

呆れと怒りを含んだ微妙な声で赤也は言う。
見ればが膨れっ面をしてこちらを見ていた。まるでお菓子をとられた子どものように。

「何スか。」
「堅そう。」
「・・・・・・・・・何が言いたいの?」

今度こそ純粋に呆れの意味だけ含んだ声で赤也は言った。
無言で目だけで訴えてくるに赤也は軽く溜息をついた。



「私赤也の柔らかい髪大好きだったのに。」



はそれだけ言って顔を膝に黙ってうずめた。タイミングよく吹いた風がの茶色い髪をすくって逃げていく。
その風に耐えられなくなった、おそらく有名であろうテニスプレイヤーのポスターが剥がれ、落ちた画鋲はころころと転がって赤也の足下でとどまった。

「何、俺愛されてるの?」
「うん。」
「バーカ。」

足下の画鋲を拾いあげながら赤也は言う。
風が重みをまして部屋をすり抜けていく。強くなった風の勢いで、箪笥の上の写真立てがガシャンと音を立てて床に落ちた。写真が一枚、風に吹かれて舞い上がる。

「何の写真?」

その声に反応するように、裏向きで横たわっていた写真がもう一度舞い上がり、表向きに落ちた。
全員同じユニフォーム姿の少年たちの真ん中で、赤也が楽しそうに笑っていた。

「県大優勝の時の。幸村部長の病室にも貼ってあったっしょ?」
「知らない、あの人、あんまりテニス部のこと話さないから。」

ふぅん、と大して興味なさそうに赤也は言う。
その態度に少し不満のあったは床に散らばる写真立てを上から思いっきり踏み付けた。

「何すんの!?」
「私との写真はどこへやったのーーー!!」
「はぁ!?」

いやとくに意味はないんだけどね、はそう言って、自分で踏んだ写真立てのパーツを元の散らばっていた位置に戻した。ついでに赤也の手から画鋲を奪い、ポスターの端もしっかりとめた。

「幸村部長の恋人じゃ不満?」
「赤也の恋人よりましだけどね。」
「何それ。」

例えばの話ね?はそう言って話しはじめた。








例えば私が赤也の幼馴染みじゃなかったら。

あの人とは違う出合い方をしていたかもしれないし、永久に会えなかったかもしれない。

例えば赤也がテニスと出会えてなかったらあの人と出会うこともなかったわけで、

私は赤也の恋人だったかもしれない。

あの人を愛してなかったかもしれない。








「何の話?」
「だから例えばの話。」
「うん。で?何が言いたいの?」









例えば私が昔からずぅーっと赤也のことが大好きで。

もしそれとは違う意味で大好きなひとが現れたら。

それは私の唯一愛する人なんでしょう。

でもそれは赤也への想いがなければ気付かなかった感情で。








「どっから本当?」
「割と全部。」
「最後ひどくね?」
「うるさい。」








赤也への想いが人を慈しむ想いなら
それとは違うあの人への想いはきっと私の愛の想いで。

ほら、ね。
気持ちと気持ちのくらべっこ。








自分の身を大の字にしてベッドに後ろ向きに倒れ込むを見て、赤也は思いっきり眉をしかめた。
同時に先程と同じくらいの風が吹き抜ける。写真が再び舞い上がった。
赤也は慌ててその写真を掴み取る。

「何、俺に会いたかったのー?」
「どちらかというと縛り付けておきたい感じー。」
「は。」

さらりと危ないことを言ってのけたを、赤也は軽蔑の眼差しで見つめた。
そんな赤也を平然と無視した少女は、いつのまにか増えていた金木犀の花を一つ一つ拾い、風に乗せて外へ飛ばした。一つだけ、また、部屋に戻ってきた。

「ほんとに幸村部長のこと愛してんのー?」
「もちろん。」









「赤也への愛の上に成り立つ、あの人への愛だからね。」









何かひとつ土台があって、その上に成り立つ違う想い。
たとえ何ものであってもその土台を取り除くことはできないから。
だって取ってしまったらその上のものまで一緒に崩れてしまうでしょう?





END
++++++++++++++++++
赤也夢です。

05年10月15日


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