だって好きなんでしょう、私が。









I kiss you










「なんでキスをするんだろう」



青空広がるある秋の昼下がり。
私の目の前で一人おとなしく読書を勤しんでいた男が目は相変わらず文面を追いながら突如そんなことを宣った。一瞬それが私に向けて発された言葉かどうか悩んで、それから周りに人がいないことに気が付いた。この男が「二人きりになれる、静かなところに行こう」、と4時間目が終わったと同時に言ったのだ。

「・・・あのさぁ幸村、」

ゆっくりと、だけれど幸村の脳に届くようにとはっきり述べる。

「それ、恋人にする質問じゃないよね」



私の記憶が正しければ、私と幸村は付き合いだして1年以上経つはずだった。



「そう?」
「いや、そう?じゃないでしょ、当たり前なんですけど」

そこで幸村は顔を上げた。
ひどく、不満そうだった。

「いやいやいやそんな納得いかないみたいな顔されても正直納得できないのはこっちなんですけど」
「だって唇と唇を重ねるとか、正直意味がわからなくないか?舌を入れるとか、なおさら」
「・・・あんた、じゃぁ今まで何を思ってあたしにキスしてたのよ?」
「うん?自分でやってみれば少しは違うかなと思って。あとはほら、やる前にある程度そういうことは必要だろ?」

淡々と、しかもあっさりそんなことを言うから、へえそうなんだと危うく幸村の意見を飲み込んでしまいそうだった。
仮にも恋人である男のそんな意見を肯定していいわけがない。
もともと幸村精市という男を理解しようなどとは微塵も思っていなかったし、これからもそのために努力しようなどとは思わないけれどそれにしたってひどい言い様だと思う。キスやその先の行為は普通恋人や夫婦間で交わされるものであるというのに、それを否定するような言葉を彼女に向かって吐くこの男の神経を疑う。
そんな私の気などお構いなしに「ほら、ここ、キスシーンが載ってるんだけど、夢見すぎだと思うだろ?」と彼の読んでいた文庫本の一節を指差して幸村は言った。
腹が立ったので文庫本を思い切り閉じてやった。

「・・・、もしかして怒ってる?」

この期に及んでそんなことを幸村は言った。

「信じらんない!あんた頭沸いてんじゃないの!?」
「まさか、そんなわけないだろ」

普通に否定された。
私が声を荒げても特に効果はなかったようだ。
言われて思い返してみれば幸村とキスした記憶はあまりない。初めてキスしたのも私からで、しかも嫌そうに眉をひそめていたのを思い出す。その時は突然されたら誰だって驚くだろなどと言われ、それもそうかと納得したのだけれどどうやらそういうわけではなかったらしい。幸村は手をつないだり腕を組んだりそういう所謂恋人っぽいことを人前でするのをあまり好まないから、てっきりキスもそれらと同じ理由で疎んでいるのだと思っていた。

「でも、その割にキス、ちゃんとしてくれるよね、なんで?」
「それはが好きみたいだから」
「・・・幸村はつまり別にキスなんてしたくないってこと?」

自分の声のトーンが幾分か下がったような気がするけれど仕方がない。私にとって面白くない話であることは確かだからだ。
すぐさま肯定されると思っていた私は驚いたような顔をして私を見つめる幸村が何を思っているのかさっぱりわからず、彼が動きだすまで待たなければならなかった。
ゆっくりゆっくり、彼の右手が私の頬へと伸びてくる。少し掠めて、すぐに彼は手を引いてしまった。

それから、囁くように、



「嫌いじゃないさ、が反応してくれるから」



それを見るのは好きだよ、と恥じる様子もなく言った。風が吹いてなびくカーテンが、一瞬私と幸村を隔てていく。ひらりと私の視界から彼を消し去ったカーテンの動きはひどく緩慢に見えた。再び現れた彼の口元にはもう笑みは無かった。

「でもわからない。は気持ち悪くないのかなとよく思うよ」

気持ち悪くなんかないよと告げても幸村は納得いかないみたいだった。



少しずつ幸村に侵されていく感覚。
その先にあるのは充足感、満たされたような、気持ち。





全部、嫌いじゃない。





それをどうすれば幸村に伝えられるのかわからなくて、私はしばらく思考を巡らせていたがいっこうに良い案が見つかる気配はなく、ああならば実践すればいいんだと思いついた。
私だけが幸村を必要としているみたいで、このままじゃなんだか癪だ。

「幸村、目、瞑って」

わからないなら教えてあげるよと微笑めば、愉しげに目を細めた。「おいで」、差し出された手をゆるく掴んで唇を寄せる。





全部あげる。

貴方を私色に染めてみせるから。

もっと私を求めてよ。





END
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なんか、すみませんでした・・・・。

08年11月09日


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