「ねぇヒロ、好きな人が出来たでしょう」

やたらと真剣な顔でそう言ってきたクラスメイト兼幼馴染に、柳生はせっかく口まで運んだ鮭おむずびを、見事に床へと落下させた。





















桜が満開だった。
午後始まりの部活まであと2時間。何故か早めに来てしまった柳生は、とりあえず昼食でも取ろうかと、自分が1年の時に使っていた、廊下の端にある教室へと向かった。
ちょうど桜の木を下から見上げることのできる、唯一の教室だ。よく、丸井が、桜の季節になると、授業中に外を眺めていては、教師に怒られていた。
教室の扉をがらりと開けると、そこには見覚えのある顔が1つ。

「よーっす」

ホットドックをほお張りながら片手を上げた彼女に、柳生は心底嫌そうな顔をした。
1・2年、同じクラス同じ委員の、だった。

「・・・・・・・・・・・・・何やってるんですか」
「見てわかんない?花見」
「1人で?こんな教室で?」
「外は花粉がひどいんだもん、嫌」

そういうとは意識を柳生から再び食物へと向けてしまった。
ため息を1つついて、柳生はから離れた窓際の席へと向かい、腰を降ろす。日の光が、桜の影を教室に落としていて、さながら海の中のようだった。ゆらゆらと動く花の陰が、魚たち。
ふ、と力が抜ける。



その瞬間、デジャヴ。



だけど、違和感。

同じだけど、同じじゃない。



「反対」



舞い散る桜の花びらをぼんやりと見つめながら、が言った。
この光景の違和感を探すことに必死になっていた柳生は、すぐに反応することができなくて、少しだけ間が出来る。それから眼鏡を片手で少しだけ持ち上げて、眩しそうに目を細めた。

「反対?何が」
「席が。ほら、1年の2学期後半、あたしが窓際の一番前で、ヒロが一番後ろだったじゃん。ついでに前から3番目がブンちゃん」

ね?そこではくるりと柳生の方を向いた。よく覚えてますね、呆れたように柳生が言うと、「ブンちゃんがうるさかったから」と楽しそうには笑った。
は柳生と丸井のことを、ヒロ、ブンちゃんと呼ぶ。止めてくれと柳生が言ってもどこふく風、彼女は2年間そう呼び続けた。
それは1年の時からずっと変わらない。

あの時の季節は晩秋。
くるくる落ちる落ち葉を、やっぱり日の光が照らして影を作っていて、丸井が海の中みたい!とはしゃいでいた。「・・・・もう少し落ち着いたらどうですか」、柳生が眉根を寄せながらそう言って、「綺麗だね」、が後ろを振り返りながらそう言った。
窓際の席は縦に5人。休みがちな少女と、常に机に突っ伏すように寝ていた少年と、それから柳生と丸井と、あの頃はまだ髪が長かった、。会話は少女と少年をすっ飛ばして投げられていた。

「季節も、反対、でしたね」
「ん?あぁ、そっか、秋か」

秋です、柳生が繰り返すと、はにこりと笑ってまた桜に視線を戻した。
嘘みたいに晴れ渡った空が、嘘みたいに咲き乱れる桜を包んでいる。春が来たんだ、そう改めて実感した。



全てが、新しくなる季節。

学年もクラスもクラスメイトも先生も、部活の人数も部活のメニューも、来ているシャツも鉛筆も、全部。



「今年も同じクラスだったら、笑っちゃうね」
「笑えないです。3年間同じなのがあなただけとか、本当に勘弁してほしい」
「ははっ。でもそしたらきっとまた委員会も一緒だよ」
「嫌です」
「まーたすぐそう言うこと言うんだから。あたしだって傷つく時くらいあるんだからね」
「知ってますよ」
「知ってるんだ?」

桜が風に舞う音と、ちゃぽちゃぽと響く小さな水音。ロッカーの上には大きな水槽が1つあって、その中で、真っ赤な金魚が3匹泳いでいる。
2年前は、5匹だった。

が黙々と手元のホットドックを飲み込んでいく様を見て、柳生は思い出したようにカバンの中から、コンビニで買ったおむすびを取り出した。がさがさとビニールが擦れ合う無機質な音が響く。

はとても人気のある生徒だった。
クラスの中心的人物であるわけでも特別美人というわけでも頭が切れるというわけでもないのだけれど。
特に何か用があるわけでもなんでもなく、だけど何故かふわふわと人の周りを漂う人。
気づけばいて、そしてそれが心地良い。
反則だよなあいつのあの雰囲気、丸井がよくそう口にしていた。「病み付きになりそう」、丸井の言葉に「馬鹿馬鹿しい」、柳生はそう一言で答えた。

ふいにが立ち上がって窓へと駆け寄っていったのを見て、柳生は手にあるものもそのまま、つられて窓際へと体を寄せる。「どうしたんですか?」「ん、見て、ほらあそこ、ブンちゃん」、のその言葉に、柳生はとても落胆して、返事も返さずに席へと戻った。



「ねぇヒロ、」



ふ、と表情を引き締めて、が言った。
何ですか、そういう意を込めて柳生は顔をあげ、おむすびをほお張ろうと口へ運ぶ。








「好きな人ができたでしょう」








べしゃり。
見事におむすびが落下した。
まだ口に含む前ではなくてよかったと心から柳生は思った。そうだったならば間違いなく吹き出していただろうと思ったからだ。

「・・・・一体、何をほざいているんですか」

あぁもう信じられない、柳生が呆れかえって額に手を当てる。

「あぁ、ごめん恋愛感情とか、そういうんじゃなくて」

次に続いた言葉も、柳生にはあまり理解のできないものだった。

「どういう意味ですか?」
「えー、だからすごく好きな友達でもできたのかなって思ったんだけど」

相変わらず真剣な顔で、はじっと柳生を見つめている。別にやましいことがあるわけではないのに、滅多に他人と目を合わせることのないからの真っ直ぐな瞳に、柳生は少しだけ居心地が悪くて、彼から目を逸らした。



「珍しいなって思ったんだよ、ヒロ、あんまり好きな人作らないから」



淡々と言うを横目に柳生は口に手を当てながら小さく、なんで、と呟いた。果たしてそれがに届いたかどうかはわからないけれど、彼女は言葉を続けた。

「ブンちゃんとか、桑原とか、あとほら生徒会の高橋とか、そりゃ仲良いクラスメイトは何人か知ってるけど、ヒロが特定の誰かに時間割くとは思わなかったな。」

そこでは、真剣な顔を崩して、くすくすと楽しそうに笑った。

「で?誰なの?当たってるでしょ?」
「半分当たり、半分外れです」

柳生が、床で無残な姿になっているおむすびを拾いあげながら言うと、「半分当たれば当たりだよ」となんともわけのわからないことをは返してよこした。ふぅ、と長く息を吐くと、柳生はへと向き直る。
太陽が、部屋を照らす。日光を浴びて反射する水槽の水の動きが、木から舞い散る桜の動きとよく似ていた。

「時間を割いてるのは確かですけど、別に好きなわけではないですから」
「ふぅん、そんなものなんだ」
「そんなものです」

誰なのか、結局それを柳生が口にすることはなかった。
なんだかそれを言ってしまうと、好きだと認めてしまうようで、とても腹立たしかったからだ。



好き、とはまるで違うけれど、それにとても近い感情。

それは例えば、柳生が彼女へ向けるものと、彼女が柳生へ向けるものと同じ感情。



「あ、ヒロ、幸村くん来たよ。そろそろ行ったら?」
「そうさせてもらいます」

ばいばーい、柳生には背を向けて、視線は校門から歩いてくる幸村に向けたままは、ひらひらと今日会った時と同じように手を振った。
かたん、立ち上がって、扉へと向かう。



最近、よく笑うようになったね。

がいつか言った言葉が蘇る。

よかったね。

詳しいことは何も知らないはずなのに、それでも嬉しそうに笑う彼女に、柳生はどう反応を返せばいいのかわからなかった。



扉を開けて、廊下の先には件の人物。






「花見、終わったん?」





えぇ、少しだけ笑って、柳生は答えた。



END
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そんな感じで、柳生夢でした。
好きな人は仁王です、言うまでもなく。ダブルスのパートナーって良いな。

07年04月01日


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