初めて彼を見たのは雨の降り注ぐ校庭だった。ただがむしゃらに、否、彼程がむしゃらという言葉が似合わない人はいないから、この表現は正しくない。一心に、とかひたすらに、と言えばいいのかもしれない。
まるで雨が降っていることを知らないかのように彼は自由に、軽やかに、長い間ボールを打ち続けていた。パアン、と綺麗な音が耳に届く。私からは後ろ姿しか見えなくて、彼がどんな表情で、あんな風に総てを拒絶するかのように打ち込んでいたのかはわからない。
もしも神様に見離された人という言葉がこの世に存在するのだとしたら、それは彼の代名詞なのではないかとそんなことを考えていた。
でもそれは彼から絶望を感じたからではない。言うならば孤独の中の強い意志を感じたから。
名前も学年も何も知らない。曇った窓ガラスと雨とが邪魔をして、彼がこちらを向いても顔はわからなかった。
ただひたすらに、美しいと思った。
その腕が、その指先が、その一挙一動が。
いつか外国の映画で見た、ひどく美しく、脆いようで鋼のように強いヒーローと彼が重なって見える。目を凝らしても決して光は見えないのに、すっと目を離すと視界の端に強烈な光が現れる、そんな感じ。
不思議な感覚だった。これが恋ではないことは昼間見る太陽を見ることよりも確実で。
だけどこの感情を表す語彙は残念ながらその時の私には備わっていなかった。
教室には私以外には誰もいない。彼を独り占めできているような錯覚に喜びながらも、この美しさを誰かと共有したいと思っていた。

矛盾している。
全てが。

こんな雨の中なのにあんなに美しく舞うようにボールを操る彼も、私の感情も、誰もいないのに温かい教室も。
永遠に彼を見ていたいという感情と、それを恐れる私がいた。これ以上深くはまっていくのは、少しの勇気と覚悟が必要なのではないかと思ったからだ。
雨が一層強くなる。
ほとんど彼の姿は見えなくなった。
はっきりと聞こえていたラケットがボールを打つ音も、ざあざあという雨音に掻き消されてかすかな余韻を残すだけ。
彼は一体何者なのか、何を思って彼はあんなことをしているのか、何故こんなにも彼の存在が気に掛かるのか、私はどうしたいのか、何一つわからない。
ただ一つ、彼に引かれていることだけが確かな事実。もう視界に入ることのない彼を思う私を嘲笑うかのように、届くことのない声が掻き消された。

あれから半年。
あの時以来見ることのない彼に、私はいつまでも捉われている。



A Toi




   


どこに?(私の心に!)


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