空を見上げた日。 ![]() 生徒たちが学校にも大分慣れてきたころだった。 始めはあまりのセレブぶりに、驚きを通り越して呆れていたであったが、これはこれで慣れてしまうと便利なものばかりだし悪くはないと思えてくる。 学校は、どこも大して変わらなさそうな閉鎖的な空間だと思っていたの認識は見事に打ち砕かれた、無駄に煌びやかなのが氷帝学園なのだ。そんなここでの生活をそれなりに楽しんでいるであったが、1つだけ、悩みがあった。 「さんて、跡部さまとお知り合い?」 この手の話題を振られることである。 跡部景吾、通称跡部さま。 と、その友人たちのことである。 は、数少ない外部生だった。中学までは別の学校へ通っており、高校から氷帝学園に入ってきた生徒のことを外部生という。外部生は毎年10人くらいしかいないため、ただでさえ目立つというのに、うっかりその跡部さまと校内で口をきいてしまったばっかりに、は今、氷帝学園後頭部1年生の中で最も注目を集める存在だった。 跡部景吾。 氷帝学園中等部元生徒会長にして、通称美形集団男子硬式テニス部元部長。加えて父親は世界でも有数の資産家とくれば、校内のアイドルと化してもおかしくない。表立った関係――例えば生徒会とかテニス部とか――がなければ彼と親しげに会話をすることなど、不可能に等しいと言われている。 それを。 入学初日にしてやってのけたが、注目の的にならないはずがなかった。 とて決して跡部と顔見知りだったわけではない。あちらが勝手に話し掛けてきたのだ、それがこんなにも大騒ぎになるだなんて誰が思うだろうか。ちなみに跡部景吾の存在をがもし事前に耳に挟んでいたら、おそらくあの時会話を続けたりなどしなかっただろう。は目立つことを極端に嫌う少女である。 「向日岳人ーっ!」 ばぁんっ!と。 思わず教室内の誰もが口を閉ざしてそちらを向いてしまうような大きな音を立てては向日の教室の扉を全力で開け放ち、教室の後ろで笑ったままの口で固まっている向日に叫んだ。 「なんだ、。何か用か?」 誰もが時が止まったかのように動けない状況で悠々と片手を挙げて答えたのは、の悩みの種の張本人、跡部景吾だった。 「あんたに用はない、それに、とか呼ばないで」 ぴしゃりとは言う。 始め、注目されるのが嫌で跡部との会話を極力避けていたであったがそのうち会話をしようがしまいがほとんど変わらないことに気が付き、それならばせめてもの憂さ晴らしにと反論しようと決めたのだった。もちろん跡部はそんなこと知る由もないが。 から非難の言葉を受けた跡部はさして気にする風でもなく少し眉を上げると隣の向日の肩を叩いた、「おい、いつまで惚けてるつもりなんだ?」。向日はびくりと反応して、それからゆっくりと動きだす。 「・・・・何だよ?」 「ちょっと来て」 有無を言わさぬ物言いだった。 昼休み特有の喧騒が、ドアを隔てた向こう側から聞こえてくる。と向日は互いに向き合うような形で各々見つけた椅子代わりの物に座っている。2人の周りには雑然と使い古された机や椅子と数学の資料や黒板に書くときに使う大きな定規などが散乱していた。もともとは数学準備室だったらしいが、今は物置として使われている。芥川が「さぼるならここが最適」と教えてくれたのを思い出し、は向日を半ば引きずるようにして連れてきたのである。 「あたしにもわかるように今のこの状態を引き起こした原因について50字以内で述べて」 とんとん、人差し指で、古くなった机を叩きながら、は向日を睨み付けるようにして言った。 「んなこと言われてもなぁ、しょーがねえじゃん、お前跡部に気に入られたんだからよ。むしろ喜べば?」 「うっさいわね、あたしは目立つのがだいっきらいなの!何様よあいつ!皆があたしを何か違う生きものでも見るかのような目で見てくるんだけど!こんなんじゃ友達出来ないし!」 「出来てないの?」 おかげさまでね!イライラとした様子ではふいと視線を外す。 そうなのだ、何が悩みかというと、友達が出来ないことだった。「皆跡部目当て」、吐き捨てるようにはそう言ったが、実際のところ彼女自身に引かれてやってくる輩も多いことを本人は知らない。自分で思っているよりも両親は名が知られているのだ。 「そんなに怒るなよ、明日から部活始まるんだろ?うちの陸上部それなりに強いから、きっとそこに来る人たちは純粋に陸上やりたくて来る人だろうからそこでなら友達くらい出来るって」 「・・・・ほんと、それだけが楽しみなんだけど」 陸上競技はもともと個人競技だ。才能さえあれば1人だけでも全国に行けないこともない。それでも毎年何人か関東大会に出場しているということは顧問の実力があるということなのだろう。加えて練習場も立派なものだった(体育で使うのがもったいないくらい)。友達が欲しい、がぽつりと呟いてすぐ、 「何言ってんだ、俺ら友達だろ?」 向日の当たり前のようなその言い方に、 「あたしが欲しいのは普通の友達!」 叫んでみたけれど、実は少し嬉しかったなんて、そんなのは認めない。 ← → +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 3万HIT御礼連続更新第一弾。 08年12月24日 |