初めてグラウンドに降りた日。











 入学式から三日後。係やら委員やらを決めたり授業のオリエンテーションを開いたり。とにかくばたばたとした一日だった。まだ授業は始まっていない。従って全校生徒が午前授業だったため、午後は各々の好きなように使うことができた。高校に入ってできた友達と寄り道をして帰る者もいれば、当然さっさと家路につく者もいる。そしてもちろん忘れてはいけないのが部活動に顔を出す人たちだ。待ってましたとばかりに教室を飛び出していく。

 もその一人だった。じゃあねと軽快に挨拶を交わして、心なしか浮いた足取りで廊下を軽く駆けていく。

 氷帝学園は、全国でも有名な、超お金持ち学校だ。それこそ電車通学をしたことがないなどとほざいているものも五万といる。移動手段は専ら自家用車なのだ。うっかりすると自家用ヘリを持っています、なんて輩もいるような学校なのだ。当然のことながら、学校の設備は半端じゃなく整っている。はまだ何があるのか把握しきれていないが、そんなもの誰が使うんだと一般人が見れば呆れ返るようなものまであるらしい。

 それすなわち、数多くの部活動が使う運動場をはじめとした施設類も、一通り全て整っているのだ。
 の何よりもの楽しみはそれだった。
 彼女は中学校のころ、陸上競技部に所属していた。そこまで強くはなかったものの、部員たちは皆真面目に部活に取り組んでおり、は部活が大好きだった。
 部活を中心に生活していたと言っても過言ではない。
 走ることが大好きで、走れればそれでよかった。

 だから今日、それはもうワクワクとした気持ちでグラウンドへ向かったのだ。近づくにつれて次第に足早になる。
 見えてきた競技場(あれはもう、グラウンドなどというレベルではなかった。市町村運営の競技場だ)の入り口をくぐって視界の開けた場所に出た。飛び込んできた緑の芝と赤いタータンにドクンと胸が高鳴るのを感じる。
 入学初日からまるで有名人のような扱いを受けたり何故かやたらと目立つ軍団と知り合いになったりと、この学校に入ったのは間違いだったのではないかとは真剣に思ったが、この競技場で練習できるのならあれくらいどうってことない気になってくるのだから不思議だ。
 しばらく見つめた後に、これからよろしくお願いします!と大きな声で言いながら一礼して回れ右をする。残念ながら本日は陸上部はお休みなのだ。





?」





 視線の先には宍戸亮がいた。おそらくはあれがユニフォームなのだろう、制服姿ではないことに少し驚く。鍔が後ろに来るようにかぶっているキャップはどうやら彼のトレードマークのようだ。使い古された感が漂っている。

「何してんの?」
「俺は部活だ。見りゃわかんだろーが。お前こそ何やってんだ?」
「元陸上部ですから。高校でも続ける気満々だから、グラウンド、見に来たの」

 そうが言うと宍戸は意外そうな顔をした。む、が少し眉根を寄せるとすぐに謝ってきたけれど。

「言われてみれば焼けてるよな」
「うっさいよそれ女の子には禁句!」

 と宍戸は並んで歩きだした。少しの距離だけれど、テニスコートまでは方向が同じだからだ。
 宍戸はどうやらがテニスコート付近を通過しているのを見かけ、追い掛けてきたらしかった。はっきりとは言わなかったけれど、外部生のが迷ったのではないかと心配だったようだ。
 係は何になっただとか委員会はなんだと他愛もない話をしているうちにすぐにテニスコートについてしまった。綺麗に整備された鮮やかなグリーンのコートからはラケットにボールがあたった時特有の気持ちの良い音がする。がなんとなしに左端のコートに目を向けるとそこに見知った姿を見つけた。

「えーと、あとべと、おしだ?」
「忍足」

 すぐさま宍戸に訂正をくらう。

「あーそうそれ」
「それじゃねぇよ・・・お前俺たちの名前覚える気ないだろ」
「そんなことないよ、覚えたよ。あとべ・ししど・がっくん・ジロちゃん・おしたり。ほら!」

 後半三人は色々と不安だったがとりあえずは覚えたらしいの様子に宍戸は何も言わないでおいた。
 テニスコートを見つめるの横顔を、宍戸はじっと見つめた。
 は客観的に見てもかなり美しい顔立ちをしている。十人に聞けば十人が美しいと答えるだろう。自分の好みに関係なく、美しいと思える作りをしているのだ。美人、というよりも整っている、という表現がしっくりきてしまうくらい。だから裏を返せば彼女をタイプだ!と思う人間は少ないのかもしれない。



 でも。



 宍戸は不思議な既視感覚に驚いていた。どこかでいつか見た、顔。
 どこだったっけ?少し考えてすぐにそれを放棄する。が、帰るわ、と言いながら突然振り向いたからだ。

は今日部活ねぇの?」
「いえす。定休日ー。だからおとなしく家に帰るの」

 じゃぁね、あっさり手を振って去っていくの後ろ姿をぼんやりとした表情で宍戸は見送っていた。あまり今までに見かけなかったタイプだなとそんなことを思う。だからきっとさきほど感じたデジャヴュは勘違いなのだろう。
 ししどー、やる気のない声とともに背中にかかってきた重力に宍戸が驚いた時にはは視界から消えていた。



 
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久しぶり。

07年10月14日


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