「女の子の告白、断ったらしいですね」

柳生と仁王という異色の組み合わせに、廊下ですれ違った生徒たちは怪訝そうな顔をしていたが、それらを軽くスルーして歩いていく。一つの扉を開けると、仁王は柳生に先に入るよう促した。

柳生の声が放課後の喧騒の中でも比較的静かな社会科準備室に響く。ガチャリ、鍵を閉めた音がやけに乾いて聞こえた。天下の立海大付属中のテニス部にも平日が休みになることくらいあるらしい。

「はて?」

首を右斜め45度に傾けながら仁王は言った。その仕草に不快感を覚えながらも柳生は次の言葉を紡いだ。

「はて、じゃないですよ。聞きましたよ、なんでもクラスで一番仲の良い方だったそうじゃないですか」

誰に聞いたのかと仁王が問うと、案の定丸井ブン太の名前が出てきた。言い触らしそうな輩なら他にもいるが、彼は二年なので、まだこの噂は知らないのだろう。

「んー、一応、一番仲良かったかもしれんの。女子の中では」

興味がなさそうにそんなことを言う。傾きはじめた西日の強烈な赤が部屋を染め、学校という慣れた場所にいるのだということを忘れてしまいそうになった。
座れば?仁王が柳生に勧めると、どこに、と冷たい声で返された。資料やら何やらが乱雑に散らばる室内には残念ながら椅子になりそうなものは見当たらない。

「じゃあなんで振ったんです?女の子に興味がないわけじゃないでしょうに」
「今は、何よりも優先せにゃならんことがあるじゃろ」
「はぁ?」

仁王は積んである段ボールに腰かけていて、立っている柳生を見上げていた。
柳生は目の前の男を何か未知の生物でも見るかのように目を細めた。まるで見下すようなその目に、仁王は一種の安心感さえ覚えてしまう。



会った初めの日から、変わらない。



絶対に、相容れない存在だと思った。真田よりも幸村よりも、この男を。そう考えてきっと相手も同じ気持ちなのだろうと考えたら可笑しくて、でも何故か笑えなかった。
ゆっくりと、仁王は柳生へと視線をあげる。



「次の試合、ダブルス組むじゃろ」



平坦な口調でそう言えば、柳生は眉一つ動かさずに、しかしはっきりと嫌悪感を出す。

「組みますね。正直、部長が何を考えているのか理解できませんけど」

なんでこの二人なんですか?他にも適任者はいるでしょうに。
不満げに口を歪めて柳生は言った。
そうじゃな、口ではそう言いながらも仁王は心の内で、まったく正反対のことを考えていた。
相容れない、だけどだからこそ、表裏一体。一方が握手を求めて右手を差し出せばもう一方は左手を差し出しかねない関係だけれど、それでも触れる。

今まで隣り合ったことすらなかったような人間が、ダブルスのパートナー、相棒、最も信頼しなければならないヒトになる。

きっと柳生はそれを認めないだろうし、どちらかと言えばいつまで経っても絆なんてできることはないかもしれないけれど。

「けど、やらにゃならんもんはしゃーない」
「知ってます。だから今までほとんど話したことないような貴方とこんなに話さなければならない状態になってるんですから」
「拗ねとる?」
「くだらないこと言ってると帰りますよ」

柳生は窓に背を向けて、その横の壁に体を預ける形を取る。目は、絶対に離さない。嫌悪とは少しだけ違う、負の感情。
これが覆ることは決してないだろうという確信がある。
受け入れない故に、変わらない。



信頼とも絆とも言えないけれど、絶対の関係。



くだらなさすぎていっそ哀れみさえ感じた。

「気ィ合わないんじゃろな、俺ら」
「誰が見たってそう思いますよ」

柳生の返答にかかった時間は零に等しかった。即答。

「けど、どーしようもない、俺らは二人でやらにゃならん」
「・・・そうですね」

パートナーとの関係が上手くいかなくて、なんて馬鹿馬鹿しい相談を他人にするなどということは仁王も柳生も真っ平御免だし、そもそもなんでこんなやつのために悩まなくちゃいけないんだと反吐が出る。
だからこそ、この人だったらいけると思った。初めから真逆にベクトルが向いているのだからこれほど楽なことはない。寸分も違わずに、お互いを引き合ってバランスを取る。S極とN極、白と黒、光と影。まったく別のものなのに、存在自体が対となる。

仁王はゆっくりと口を開いた。目だけは変わらず、お互い笑いかけてすらいない。



「とりあえず、優先順位を、変えとき」



何を一番に、なんてただの愚問。
とっくに優先順位なんて決まっている。






二度目の生を受けた日






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