皆の反応が、理解できなかった。 「え!まじで!」 テニス部で同じクラスの原田がダブルス結局誰なのと聞いてくるから仁王先輩と柳生先輩と答えたら授業中なのにそいつは叫んだ。数学の先生に睨まれて慌てて謝ってから原田を睨むと、しきりに首をかしげている。それからまたまじで?とか言って話しかけてくるからまた先生に睨まれて、俺はとにかく休み時間になってから!と言った。別に勉強は好きじゃないけど、先生に怒られるのはやっぱり気分がよくない。残りの十数分を耐えて授業を終えると、すぐさま原田はまた「まじで?」と質問してくる。 「本当だって!なんでそんな疑わしげなんだよ」 「えー?だってあの二人が話してるのとか俺みたことないぞ?できんの?」 なあ!と原田は後ろを振り返って双海に同意を求めた。話をちゃっかり聞いていたらしい双海は、俺一瞬切原の頭イカれたのかと思った、と失礼すぎることを言う。 俺のクラスにテニス部は三人。俺と原田と双海。二人とも一年生の中じゃ上手い方だけど、俺ほどじゃないし、ましてや先輩たちに叶うわけもなく、従って今回の新人戦でレギュラーとして選ばれたのは俺一人だった。補欠扱いで試合に出ることはできないのは悔しいけど、レギュラーに入ることができただけでも喜ぶべきなのかもしれない。本音をぶっちゃけるとこんなんじゃ全然満足できないけど。 そういうわけでレギュラーと絡んでるのは一年の中じゃ俺だけで、情報をいち早く得るのも俺だった。夏休みの終わりに一応新人戦のオーダーは発表されたけど、それはあくまでも仮のもので、正式に部員全員には知らされていない。仮だからあんまり言いふらすなよと幸村部長は言って俺の頭を一度小突いた。そんなことを言っていても結局あのオーダーでほぼ決まりだということくらい俺にもわかっていたので、はーいと返事をしつつ、次の瞬間には一番仲が良い奴らには言いふらしていた。 「仁王先輩とかあんま良い噂ないじゃん」 原田は何故か知った風な口をきいた。 「ああ、女遊び激しいとか横浜の不良とは皆お友達とかいうやつ?嘘だろ、あんな鬼のような練習こなしておいて夜遊び歩くとかそんなん出来るわけねえだろ。妖怪かよ、なあ切原」 双海は噂とかに踊らされるタイプではないから、やっぱりというか何というか仁王先輩に関するあの類の噂は信じていないらしい。それに俺は少しだけ安心して、噂の真実を語る。 「っていうかそもそもあの人あれで女とか興味ないからね。どこの純情ボーイだよ」 仁王先輩は、女だけではなくて、ほとんど欲なんて持ち合わせていないような人だ。 「興味ないんだ?まあ噂が嘘にしろ何にしろさ、そんな噂が立っちゃう時点で柳生先輩とは明らかに違うじゃん、柳生先輩が最も嫌いそうな人じゃん」 双海の言葉に原田がうんうんと大きく頷いた。 D1の組み合わせを聞くと大抵の一年がそれはもう心の底から驚いてくれる。俺としてはそんなに意外なペアでもなかったんだけど、あまりに皆がありえないでしょと言うので、最近は少し考え方を変えてみようと思ったくらいだ。それでもやっぱり俺から見ればあの二人は妥当なところであって、幸村部長は思ったとおりよく部員たちを見ているなと感心する。仁王先輩たちと時期を同じくして最近ダブルスを組み始めた原田だって、相方は幸村部長が指名した奴だ。ほとんど会話さえしたことがなかったあいつらのコンビは上手く行っている。 「あ、俺今日弁当じゃないから、ちょっと購買いってくるわ」 立ち上がると二人にジュースよろしくと頼まれた。 「仁王先輩」 購買へ行くと仁王先輩がパンのコーナーの近くで何やら真剣な顔をしていた。何やってんすかと近づいても返事は上の空で、耳元で「こんにちは!」と叫んでからやっと振り向いた。 「んー、赤也?」 じっと俺の目を覗き込んできて、段々目を細めたと思ったら一言、焼きそばパンとメロンパンて究極の選択じゃの、と言った。 「全然違うじゃん!そんなことであんな真剣に悩んでたの?アンタ頭おかしくね?」 「アホ、腹を満たすために焼きそばパンにするか、それとも大好きなメロンパンにするか重要じゃけん、悩んどったんよ。あ、お子様にはわからんか、そうかそうか」 「お子様じゃないっすよ!一つしか変わんないでしょうが!先輩なんかメロンパン喉に詰まらせて保健室行きになればいい」 仁王先輩は俺の反撃なんか相手にしないで、まだ一人で悩んでいる。面倒になってそのまま放置しようとしたところで丸井先輩が向こう側からやってきた。俺の顔を見るなり、げっ、と顔を顰めた。それに対して突っ込んでから、そこに仁王先輩がいます、と言うとますます顔をしかめて「そんな情報いらねえっつうの」と文句を言いながら結局仁王先輩のところに向かっていった。 まあ確かに仁王先輩はどちらかと言えば丸井先輩や俺ら側で、柳生先輩は柳先輩やジャッカル先輩寄りだ。似ていないけれどそれを言ったら丸井先輩とジャッカル先輩だって全然タイプは違うのに、あんなに意味がわからないくらいの連携プレーをやってのける。別にそっくりさんである必要はないんじゃないかと思うし、それになによりもあの二人の組み合わせが可笑しいだなんてそんなことはちっとも思えなかった。 似てる似てないとかそういう問題ではなくて。 ふと、視線を少し離れた入り口へと向けると、その側にひっそりと佇んでいる柳生先輩を見つけた。購買に顔を見せるなんて珍しい。だけど何故か中に入ることは躊躇っているようで、俺は不思議に思いながら先輩の視線を追ってみると、その先には銀髪と赤髪の先輩たちがいた。しばらくその二人に視線を遣っていた柳生先輩はやがてくるりと踵を返して購買から離れて行こうとした。後を追って「柳生先輩!」と大きな声で呼ぶと柳生先輩はゆっくりと足を止め、振り返った。 「購買、用があったんじゃないんすか?滅多に来ないのに来たってことは弁当無いとかそういうオチではなくて?」 「まあ、そんなところですが気が変わったので」 食堂に行くことにしますと柳生先輩は言う。そんな嘘に俺が騙されるとでも思ってるのだろうか。 「仁王先輩にそんなに会いたくないんすか?」 思ったことをはっきりと言ってみれば、柳生先輩は一瞬目を伏せて、そんなんじゃありませんよ、と真っ直ぐ俺を見た。 「ねえ先輩」 呼びかけると身体の向きをきちんと変えて、なんでしょうとあまり通らないような声で言った。 「俺、先輩が仁王先輩以外とダブルスやってるとこ、想像できません」 最近よくこの手の話題を振られるのかもしれない、柳生先輩は若干疲れたような顔をしていた。それでも俺が言ったことはどうにも新鮮だったらしく、驚きを含んだ声で「何故また、そんなことを」と答えてくれた。 何故、とかそんなことを聞かれても、困る。仁王先輩と柳生先輩がダブルスを組むんだと聞かされて、本当に始めのころは、ありえないと思っていたけれど、じゃあだからと言ってあの二人が他の誰かとダブルスのペアを組んでいるところが想像できるかと言われるとそれは無理な話だった。 二人とも、なんとなく他人を寄せ付けないイメージがある。そんな二人がダブルスだなんて可笑しな話のはずなのに、このペアはそれでも本領を発揮してくれると、そう思った。仁王先輩と柳生先輩が隣同士になっていることさえ見かけたことがなかったのに、それでもいざダブルスを組んでいる二人を見ていると、それが一番良い選択のように思えるんだ。 他の人では、入れない。 俺だって部長だって誰だって。 「じゃあ聞きますけど」 上手く答えが見つからなくて、俺は逆に質問で返してやろうと、ずいと柳生先輩に迫った。 「先輩は、仁王先輩以外の誰とならダブルスを組めると思ってるんすか」 小さな、無言。 一拍おいて、「誰とでも」とにこやかな笑顔付きで言われた。胡散臭い。 がやがやと騒がしくなりつつある廊下の奥からやたらと長身の二人組みがやってきたのを確認すると、柳生先輩はそれじゃあ失礼しますと今度こそ立ち去っていった。 俺は、聞いた瞬間、最高のペアだと思ったんすよ。 |