そっくりだ、と思ったんだ。 前部長からの引き継ぎをやっと全て終え、やっと完全に代替わりした八月の終わり。新人戦のオーダーをいい加減考えなければならなくて、息詰まったダブルス。丸井とジャッカルはいつの間にやら俺の代では文句なしに一番のペアになっていて、そこは何の問題もなかったが、問題だったのはもう一ペア。自我が強くて一癖も二癖もある奴らばかりだから、シングルスをやってきたやつらがほとんどで、まあ俺や柳なんかはダブルスもできないことはないけど、勿体ないしそれは避けたくて。 じゃあとりあえず実力のある似た者同士を組ませてみようと思って思い浮かんだのが仁王と柳生だった。思い浮かべてから自分の考えに笑いそうになる、なんだってあんな典型的な正反対の二人を思い浮かべたのか、未だによくわからない。 まだ前の代がいるうちから三強だなんて呼ばれていた俺たちは代替わりをした今となっては部の幹部となって、とにかく何をするのも一緒にいることが多い。夏休みなんてあまりに一緒に居すぎたせいで俺はうっかり女の子の気持ちを理解しそうになった。特定の奴らと一定以上過ごしていると言わなくても通じることが多くなって意外と便利だったからだ。だけど落ち着いて考えて何でこんなにも柳と真田と一緒にいられるかって言うと、テニスがあるからだということに気がついた。そういうもの無しでいつもベタベタとしていられる女の子は、やっぱり理解し難い存在だと思う。ちなみに柳は「感覚が麻痺してきた」と言っていた。別にどうとも思わないらしい、それを俺は嘘だと思ったけど本人には言わないでおいた。 とにかく柳が麻痺したと思うくらい俺たちは共にいて、何を決定するにも基本的に二人の意見を反映させてきたけれど、正直今回ばかりは受け入れられないことがわかっていた。わかっていたからこそ柳と真田には相談せずに俺の独断で仁王と柳生にダブルスを組ませることを決めた。一応ダブルスの先輩である丸井とジャッカルにも意見は求めてみたけれどあいつらはどうやら本気にしなかったみたいだった。気持ちはわからなくもない、新人戦まで日があるならともかく、もう一ヶ月を切っていた。 「柳生」 何となく校内をブラブラしていたら柳生が目の前にいて、俺はその背に話しかける。というよりも昨日、明日の昼休み本を探すと言っていたから図書室に行ってみて見つけたんだけど。柳生は意外そうに振り向いて、何かお探しですかと言うのでお前だよと返すと、言葉を失ったらしく動きを止めた。 「何か?」 「うん、別に。最近元気?」 「・・・毎日顔合わせている貴方が何故そんなことを聞くのですか」 「ダブルスとか?」 「提案したのは幸村くんですが」 柳生はため息をついた。最近よくため息をついているような気がするのは、多分ダブルスのことが原因なんだろう。 柳生とは一年の時に同じクラスだった。 タイプが似ているわけではないから、クラスで同じグループにはいなかったけれど、テニス部である以上多少なりとも交流はあるわけで、あれだけ大所帯のテニス部の中では入部当初からなんだかんだで付き合いがあった方だと思う。柳生は騒いだりするような奴ではないし、俺も俺で気分が乗らない時、主に行事なんかは中心人物からはなるべく遠ざかっていたから、必然的にそういう時は同じ班になったりなんかした。文化祭の班も一緒で、確か看板係だった。さぼりがちの俺をよく探しに来てくれて、そのまま俺が柳生を巻き込んで話し込むことも多々あったはずだ。だからそれなりに柳生のことは知っているつもりで、柳も同じようなことを言っていたけど、多分あいつより知っている。ただ、柳生にとって近い存在はどちらかと言われればそれは間違いなく柳で、だから本人から相談されたり、そういうことはほとんどない。 ダブルスの件についてもどう思っているのかなんてわからなかった。だけど、俺は、あの二人のことをそっくりだと思っているから、本人たちがどうしても嫌だと言わない限り、他の奴らにD1をまかせるつもりはない。 それは真田だろうと柳だろうとその他の部員だろうと覆るものじゃなかった。 「貴方は、」 図書室の出口に向かいながら柳生は言った。 「何故私と仁王くんを組ませたのですか」 純粋な、疑問だった。 その声の調子には俺を恨めしく思っているだとか、嫌悪感だとかは含まれていなくて、ただ本当に、まったく理解できないことが起こっている、といった風だった。例えるならば幼い子どもが母親に日常の小さな疑問を尋ねる時のあれに似ている。 「実力順。柳生と仁王は丁度同じくらいの技量を持ってるし、ぴったりじゃないか」 「・・・そんな嘘、信じるとでも?」 「嘘じゃないよ、俺はお前らが最適だと思った」 しばらくは何かを言いたそうに俺を見ていた柳生だったが、結局諦めたらしく肩を竦めて曖昧に笑った。納得はしていないらしい。 柳生と仁王を、似ていると思ったのは本当だった。 初めてそう感じたのは、二年になって仁王と同じクラスになった時。気だるそうに椅子に腰掛けて、もう今日は部活に行く気が起きん、とかほざいている仁王を見た時だ。基本的にあいつは常に何も考えていないように見えるけれど、たまに、ごくたまにこっちがびっくりするほど全部を疎んでいるように見える時がある。本気になった仁王なんて見たことがないけど、それ以上に例え負の感情であるにしろ全身でそれを伝えてきたのが初めてで驚いて、俺は、へえ、と声を出した。「へえ、って、それだけ?」仁王は笑った。笑った仁王を見て、ああ全然笑えてないと思って、それから柳生を思い出した。 柳生もたまに、ごくたまに世界全部を敵に回したみたいな表情をしていた。部活中とか文化祭の最中とかそういう時じゃなくて、もっとどうでもいいような瞬間。仁王と違うところは、それが例えどんなに軽いものでもマイナスの感情を絶対に口に出さなかったところだ。「柳生みたい」と言うと仁王はさらに嫌そうな顔をして「あいつとほとんど話したことないんじゃけど、似てるとは思えんよ」と頬杖をついた。「嫌いなのか?」という俺の問いに「嫌うほど接点なか」とぶっきらぼうに答えた仁王に、ほらやっぱりお前たち似てるよと俺が言ったのと、扉を開けて真田がすごい勢いで教室に入ってきたのが同時で、多分仁王には伝わらなかった。 それが何かなんて俺だって知らない。 ただ、そっくりだと思った。 「柳生は、仁王のこと嫌い?」 何となく同じことを聞いてみたくなって柳生にそう質問する。柳生は少し考えて、「嫌い、ではないですよ、嫌うほど彼を知りませんから」と。確かに、そう答えた。 「あはははは!」 笑った俺に珍しく柳生は眉間に皺を寄せて大きめの声で、何なんですか!と言った。 「ああ、うん、ははっ、何なのはこっちの台詞」 心底うんざりといった表情をしてみせた柳生に俺はもう一度何なのと言う。何なのお前ら、それで仲が良くないとか、何なの、可笑しすぎて今すぐに柳に知らせてやりたい気分だ。 憤慨した柳生が、探さなければならない本がありますから、と踵を返す。まだ笑いの収まらない俺はひきつった声で柳生と呼び止めたけれど、聞こえていただろうにさっさと図書室へ行ってしまう。仕方がないので扉を開けようとしている柳生の元まで走って肩を掴んで止めた。 「怒ってる?」 「・・・怒ってなどいませんが、不愉快だとは思っています」 「勝つためだよ」 怒っていない云々の柳生の言葉を完全に無視する。繋がっていないぶつぎりの会話に柳生はまた眉間に皺を寄せた。一日に二回も見られるなんて貴重だなと呑気にそんなことを思う。 「勝つために、お前らを選んだ」 まだ理解しきれていないらしい柳生に何か言われる前に、俺はにこりと微笑んでその場を離れた。今度は柳生が俺を呼び止めようと名前を呼んだけれど、もちろん止まってなんかやらない。 そっくりだと、思った。 あいつらなら大丈夫だと思った。 あいつらなら勝てると思った。 誰が何と言おうと、変えるつもりなんてないよ。 |