よく晴れた日に、新学期が始まった。 一人、また一人と教室に入ってくるクラスメイトは皆どこか別の次元の生き物のようで。 実際夏休みのほとんどを練習に費やしていた俺たちとは違って、彼らは優雅に海なり山なりの別次元に行ってきたのだろう、あの浮かれた雰囲気は嫌いじゃないができれば近寄らないでほしいとそんなことを思う。特に弦一郎には。それは何故かというともちろんあの堅物にそんな浮かれた雰囲気で出会おうものならいつもの怒声が響くことになるからだ。テニス部で怒鳴る分には一向に構わないが学校内ではやめてもらいたい、それに対して愚痴る丸井が面倒で、加えて言うなら精市の機嫌も時と場合によっては下降するからだ。あいつの機嫌は今やテニス部全員の士気に関わるということを忘れないでほしい。 そんな浮かれたクラスメイトを、しばらくは見ているのさえ苦痛だろうなと思いながら後ろを振り返ると、柳生もやはり同じような顔で彼らを眺めていた。と、いうよりもこれだけ狭い空間に一度に人が詰め込まれること自体久々で、それに辟易しているのかもしれない。 「柳生」 声をかければ返事をしてから少し俺の様子を伺い、動かない俺を見て立ち上がって寄ってきた。こういうところにも性格が出るな、と思う。精市ならば何と言ったきり動かないだろうし、弦一郎ならば馬鹿みたいにはっきりと返事をして一直線にやってくる。返事さえしないのは仁王と機嫌が悪い時の丸井で、ジャッカルは返事をするよりも早く立ち上がるだろう。機嫌が良い時の丸井とそれから赤也はおそらく毎回違うパターンだ。 おそらく今期のレギュラーメンバーは自分を入れて、この八人になる。新人戦は赤也が補欠になるだろうが仕方ない。あいつはまだ色々と危なっかしいところがある。懸念していたダブルスも、精市曰く似た者同士である仁王と柳生で決まりそうだ。 本人たちは未だに納得していないようではあるが。 「何ですか?」 窓際の壁に背を預けて柳生はぼんやりとクラスメイトを見ていた。 「仁王とのダブルスは想像以上にやりやすかったはずだが、精神的疲労は予想通り、というところか」 「・・・やはりその話ですか、いえ、そうだろうとは思ってましたが」 ざわざわと活気を取り戻しつつある教室を見渡すといつのまに入ってきたのか見慣れた赤い髪がいて、そういえば丸井と仲の良いサッカー部部員がいたなと思い出す。あいつに何かダブルスの秘訣でも聞いてきたらどうだと柳生を促すと、「仁王くんと私は性格の問題ですからどうにもなりませんよ」と長い長いため息をついた。 「どうして幸村くんは私たちを組ませたのでしょうか。他にも適任者がいると思うのですが」 「あいつ、仁王と柳生はとんでもなく似てるから、とか言っていたぞ」 「・・・彼は、本当に一人脳の構造が違うのではないかとよく思うのですが」 「今更だな」 幸村精市という男は本当に計り知れない。リーダーになる器を十分に持っていることは確かだが、ではどういうところにそれを感じるかと言われると的確な答えが見つからない。 一年の入学当初からおそろしい程の存在感を放っていて、こんな小さな集団に収まるような男だとは思えなかったが、どういうわけかテニス部に対する愛情は本人曰く山よりも高く海よりも深いという。目を細めて「まだ部長じゃない俺でも思うんだよ、部長の俺はそれはもう舐めんばかりに部員を可愛がると思わないか」愉快そうに精市は笑っていた、一年の冬だ。この時点で部長をやる気になっていたのだと考えるとやはり尋常な思考回路だとは思えない。 その「舐めんばかりに部員を可愛が」っている部長の精市が、仁王と柳生は似ているというのだからそうなのだろう。俺や真田から言わせてもらえばどの辺が似ているのか皆目見当もつかないけれど。柳生はともかく、仁王は今までもそれほど話したことがあるわけではない、これからデータ収集を本格的にしてみても良いかもしれない。 「仁王くんと私は、似てなんかいませんよ、まったくね」 「そうか。精市の言うことだから間違っているとも思えないが」 「・・・柳くんと真田くんは、幸村くんを随分信頼していますね、仲が良いのは昔からですが」 俺はお前とも仲が良いぞと言うと柳生は勿体無いお言葉ありがとうございます結構ですと素っ気無く返して自分の席へ戻ってしまった。柳生とは一年次からそれなりに交流がある気でいたのだが、そう思っていたのは俺1人だけだったらしい。 昼休みに柳生と共にテニスコートへ向かうとそこには既に先客が居た。丸井とジャッカルだ。相変わらず仲が良い。記憶の限りでは一年の頃はそれほど親しい間柄ではなかったはずだがどういうわけか春の地区予選の辺りからよく一緒にいるのを見かけるようになった。俺の見立てでは、適当に組んで行われた紅白試合で組んだことがきっかけになったのではないと思う。丸井の我が侭なプレーについていける二年は現時点ではジャッカルくらいだろう。 柳生を見ると、あからさまに不機嫌そうな顔をしている。もともと表情の変化に乏しいやつだと思っていたけれど、二年で同じクラスになってからは案外そうでもないことに気が付いた。ここ最近はずっとこんな顔であの二人を見ていることが多く、きっと仁王とのダブルスについて考えているのだろう。 「あいつらに、自分たちを重ねようとでも思っているのか?それは無理があると思うがな」 「・・・私と仁王くんを、あの二人に?」 思っていたことを口にしてみたものの、心外だと目で睨まれた。 「別にああなりたいだなんて、思っているわけじゃありませんよ。馬鹿馬鹿しい」 「そうか」 「そうです、ただ、本来ダブルスを組むのならばあれくらいの信頼関係がなくてはダメなんでしょうねと思っただけです」 「仁王を信頼していないのか」 「信頼以前の問題です。認識だってできているのかどうか。大体仁王くんを信頼している人なんてこのテニス部にいるんですか?彼が誰かと無防備に会話をしているところなんて見たことがないですよ」 珍しく柳生は饒舌だった。仁王への不信感がそうさせるのか、仁王とのダブルスの問題への焦りがそうさせるのかは定かではないが、いずれにせよあののらりくらりと全てかわして生きているあの男が原因と見て間違いないだろう。 「それは、仁王を、ではく、仁王が、だろう」 柳生は少し考える様子を見せて、どちらもです、と呟くとテニスコートへ向かっていく。 「ああいうところが、似ているのか」 途中から後ろに立っていた相手に向かって話しかけると、まあねと短い答えが返ってきた。表情はとりあえず愉しそうというわけではない。 「二人揃って誰も信用してません、みたいな顔しちゃってさ、あーほんとムカツク」 「その表現はどうかと思うぞ、精市」 隣に移動してきた精市は「なんで?」と心底不思議そうな顔をしている、「だって俺はこんなにあいつらのこと好きなのにさ」そう言って1人ランニングを始めた柳生を目で追った。 柳生にしろ仁王にしろ、他人を寄せ付けないところがある。それは確かに改めて言われなくてもわかるような共通点で、しかしそれ以上彼らに似通った点は見受けられない。精市があの二人を似ていると表現した理由はもちろんそれだけではないだろうが、どうやら教える気はないようだった。柳生は反対などしないだろうが、あの状態のままダブルスを組むのもどうかと思われる。正直なところ、俺も弦一郎もあの二人に不安が無いわけではなかった。 「不満そうだね、柳」 「わかっているなら解消してもらいたいんだが」 精市はあははと笑うと急に真面目な顔になって空を仰いだ。フェンスに両手を引っ掛けて、そのまま後ろへとのけぞるように体重をかける。軋んだフェンスが一瞬大きな音をたてて、撓った。奥のコートで丸井とジャッカルが柳生に話しかけているのが見える。 「言えばいいだろ、真田と二人で、あの二人はまずいんじゃないかって、俺に」 精市は最早俺になど興味がないように感情の篭っていない声で呟いた。がしゃん!と思いっきり背中をフェンスに預けると、精市の身体がバランスを崩してそのまま地面へと倒れこむ。すぐに起き上がってくるかと思ったが、そのまま仰向けに寝転がって俺を見た。 「お前に?俺と弦一郎が?ありえないな」 |