「ぎゃーッ何やってんのあんたー!!!!」
「え!?何よ味付けはまかせるって言ったの新八じゃないっ!!」
「ふざけんな料理得意とか言ったのはどこのだれだよ!」
「な・・・!失礼な超得意だし!」
「料理得意なやつはラーメンにマヨネーズなんて入れねぇよ!!銀さぁあーん!ちょっとこいつ追い出していいですかー!!」







月の料理教室







その少女がいつやってきたのか、誰も正確には覚えていなかった。
なんだか気が付いたらそこにいて、気が付いたら馴染んでいて、気が付いたら暮らしていた。
銀時は当たり前のように留守番を頼むし、神楽も平然と彼女に定春を預けるし、新八にいたってはしょっちゅう彼女を利用していた。少女も少女で文句を言わずに全てを当たり前のように受け入れる。

「・・・・・あんなに怒んなくたっていいじゃない。」

少女は鍋から肉と野菜を均等に摘み出しながらそう言った。

「ラーメンにマヨネーズとか入れる奴は悪なんだよ。砂糖ならまだしも。」
「あんたも殴り飛ばしますよ?」

眼鏡の奥がきらりと光る。対して無言になった家の主に少女はけらけらと笑った。

「あははっ銀さん新八には適わない〜。」
「これは俺なりの保護者魂なんですー。譲歩してんの!って神楽っ!肉ばっか喰ってんじゃねぇっ!!それは俺の!!」
「私一番この家で可愛いネ!家の中で一番愛されてる人はいっぱい食べていいってテレビのお姉さん言ってたアル!」
「・・・・・保護者?譲歩?え、誰が?」


気付けば彼女は存在していた。なんだかあまりにもナチュラルにその場にいたが故に誰もがその存在にツッコミを入れるのを忘れていた。
だがしかし。

「・・・・・あいつってさぁ、何でここにいるんだっけ?」

一人の男が、買い出しに行ってくると元気よく少女が出ていった後、誰もが疑問に思っていたことを口にした。

「・・・・・銀さんが連れてきたんじゃなかったでしたっけ?」

志村新八は、夕飯の片付けをしながら言う。かちゃかちゃと音を立てていた手の動きが止まった。

「・・・・・いやいやいや定春が拾ってきたんじゃなかったか?」
「定春はあんなわけわかんないもの拾ってきたりしないアル。」

くるりと神楽は向きを変える。空いている窓から風が滑り込んできて、動きを止めていた新八の側を通り抜けた。はっと思い出したように動き出す。

「っつかそもそもいつからいたんだっけか?」

むくむくと、一度膨れ上がり出した猜疑心は止まることを知らない。一つ疑問に思い出したら、芋づる式に全ての事柄の信憑性がフィルターがかかるかのように薄らいでいく。

「私が来た時はもういたネ!温かいシチュー作って待っててくれたっ!」
「お前は黙れ。お子さまは寝なさい。」
「いつでしたっけねー?・・・言われてみればよくわからないですけど・・・でも最近じゃないですか?姉上に一度も会ってないって会話をこの間しましたから。」
「・・・で?何でいるんだっけ?」

遠くで、犬が吠えているのが聞こえた。


















「結局!聞けなかったじゃないですか!」

買い物から帰ってきた少女の笑顔につられ、そのまま話を聞いていた彼らは結局少女に何も聞くことができないまま時間だけが過ぎ、ナチュラルにおやすみなさいと神楽と去っていく姿を止めることができず、果ては良い夢見ろよ〜などと言って送り出してしまったのである。
銀時はうるせぇな、と一言で新八を制した。

「大体、どーでもいいじゃん、別に害があるわけじゃないんだし。」

心底面倒臭そうに銀時は横目で新八を見た。一瞥しただけでまた目をジャンプに戻す。
それを見た新八は、ぷちん、と頭の中で何かが切れた音を聞いた。
ジャンプを迷わずひっつかんで銀時から引き離す。

「いいんですか!?そんなテキトーに生きていて!彼女が敵とかだったらどうすんですか!!!!」
「銀さん無敵だし。」
「殴りますよ。」

新八が凄んでみせても効果はゼロ。完全に銀時の中で、少女に対する興味は薄れていってしまったようだ。
こうなってしまっては仕方ない、新八は自分の力では銀時の心を変えることは不可能であるとしっかりと理解している。ため息をついて、くるりと踵を返し、扉へ向かおうと顔を上げた。













少女がたっていた。













「――――っ!びびびびびびっくりした!!!!!!」

新八は少女を指差して叫びながら後ろへ跳び退いた。驚くべきはその動き方。散らばる床に積み上げられた新聞と雑誌の束を、もちろん後ろ向きのまま、器用に躱して行く。
くすくすと笑う少女の声と、呆れ返った銀時の声が聞こえてきた。

「ところで何か用ですか?」

用がないならお子さまは早く寝なさいよ、銀時はジャンプから目を離すことはせずに、ほとんど棒読みの状態で少女に告げた。新八は眉をひそめて銀時を伺う。

肝心の少女の口元には小さな笑み。

それに気付いたように銀時は顔を上げた。



「お前、大分前からそこにいたろ。」



銀時の発言に驚いて彼を射ぬくように見たのは少女ではなく新八だった。
少女の顔は先程と変わらず小さなほほ笑みを浮かべているだけ。いつも笑みの絶えない子ではあったが、今の彼女は何を考えているのか、さっぱりわからない。
気味が悪くなって新八は目を逸らした。

「何、俺らを刺しにでも来た?やめてね、銀さんもう年だから動けないの。」
「何物騒なこと言ってんですか!!冗談はやめてくださいよ!!」
「えー?だって敵かもしれないって言ったの新八じゃん。」
「他人のせいにしない!!大体あれは冗談に決まってるでしょ!!」
「冗談なの?」


「あはははははははははっ!!」


急に笑いだした少女に、新八は掴み掛かろうと銀時の首元に延ばしかけていた手を思わずぴたりと止めた。
何がそんなに面白いのか、少女はひたすらに声をあげて笑っている。

「っ、あー・・・おっかしー。新八も銀さんもおっかしーのー。」
「でしょ、うちの新八くんはおかしい子だから。」
「おかしさ絶好調なのはあんたでしょ!!」

くすくすと、先程の余韻が残っているのか、少女は今だに肩を震わせている。一通り笑った後、銀時に、隣いい?と許可を取ったと同時に彼の隣に腰を降ろした。銀時からの返事は当然のことながらもらっていない。
新八も座ったら?と少女は彼に席を勧めた。あ、でもその前に紅茶の用意をよろしく、それでいそいそと準備を始めてしまう辺りが、さすが志村新八である。あっという間に準備を終え、ティーカップとソーサー、ティーポットの乗ったお盆を運んで机に静かに置くと席に着いた。

「おー、さすが新八、鮮やかな手並みっ!」
「ありがとうございます・・・。」
「なんだよ、せっかく誉めてんのに!」
「だって大分前から居たんだろ!?なら僕と銀さんの会話聞いてたんでしょ!?」
「あ、そうそうそれそれ。何?今更私の存在が怪しいって?ははっ、どうすんの、私が殺人鬼とかだったら。今頃三人とも死んでるよ〜。」

少女はポットから紅茶を注ぎ、二人に手渡した。ゆらゆらと、赤茶の水面が綺麗に揺れる。

「だってここ、気付いたら色んな人が入り浸ってんのよ?こんなに長くでも滞在してくれない限り、疑問になんて思わないっつの。」
「そうなんだ?」
「そう、不法侵入罪で訴えられる奴らなんか数知れず。」

ははは、またまたぁ〜、そう言ってぱたぱたと手を振る彼女の腕が新八にあたる。あ、間の抜けた声を発して新八は手の中にあったスプーンをかちゃりと落とした。
スプーンが、床に着いたと同時だった。






ひゅっ、と風が二つ空間を裂いた。






「・・・、うーん、やっぱり銀さんはすごいんだなぁ。」
「銀さんは年ですけどね、本能だけは衰えてませんから。自分の命くらい守れます〜。」


少女の腕に握られた脇差は、銀時の首から10cmほど離れた所で止まっていた。


銀時の腕に握られた木刀は、少女の首にぴったりとくっついて止まっていた。


「な・・・ななななにしてんの二人とも!!」

狼狽えたらしい新八はしどれもどろに噛みながら、続けて二言三言発したが、何を言っているのか、いまいちわからなかった。

「何言ってんの、よく聞こえない。」
「だ!なんで刀!っつかあああああんな何者!?」

新八は相当混乱しているらしい。

「どーせ大串くんの差し金とかそんなんじゃないの?」

銀時は、既に木刀から手を離し、ジャンプへと目を移していた。
さすがの少女もこれには驚いたように目を丸くする。

「銀さん、気付いてたの?」
「いんや?俺に刀向ける奴でマヨネーズ好きって、あのマヨラーしか思いつかなかったから。今日、らーめんにマヨネーズ入れてたじゃん。」

ぽかん、としばらく少女は口を開けたまま銀時を何か珍しい物でも見るかのように見つめていたがやがて先程のように笑いだした。

「――っはは!あー、気を付けてたのになぁ、なんか誰も疑わないから油断しちゃったんだよねー。」

正解です、ぴょんっと少女は前へ出た。







「私の名前は土方、正真正銘、真撰組の鬼副長、土方歳三の妹なのでしたっ。」







今度は銀時たちがぽかんとする番だった。目と口を最大まで大きく開き、文字通りその場で石のように固まっている。

「・・・え、ちょっと、何固まってんの。」

もしもーし、二人の目の前で手をひらひらと降ってみても反応はまったく返ってこない。

「そんな驚かなくても。だって兄貴が銀さんのこと怪しい怪しいってうるさくてさぁ、攘夷組と繋がってるに違いないとかなんとか。で、じゃんけんに負けた私はめでたくここに送り込まれたわけなんだけど、いやー、びっくりした。全然疑われないから!あ、ちなみに銀さんが攘夷志士と繋がってようとなかろうとどっちでもいいや。私、ここ気に入っちゃったからさ〜。」

二人はまったく動きだす気配がない。どうすればいいのか、少女があれこれ思案していると、ぴくりと銀時が最初に反応した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょいと。」
「あい?」
「まさか、今まであれこれ大串くんに連絡してたりしない、よね?」
「してるに決まってるじゃない、何のための偵察だと。」
「ぎゃーーー!!貧乏生活の全貌が明らかにィィイィ!!!!」

そこかよ、いつもつっこみ役の新八は今だフリーズしているために、少女が冷静にそう言った。

「いいじゃん、多分兄貴はこれで諦めるだろうし?」
「そういう問題じゃねー!!!!」

銀時の叫び声に対してお登勢の怒鳴り声が重なるまであと少し。


END
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07年04月15日


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