陽におはよう







その日ほとんど無意識のまま、気が付けば私の大嫌いな江戸の町を歩いていた。
今ではすっかり見慣れてしまったたくさんの天人にバレないように舌打ちしながらゆっくりと歩く。
天人の乗っている宇宙船が空を横切って行くのが見えた。
天人を嫌う理由。
戦争で両親を無くしただとか自分は実は攘夷派だとかそんな理論的なものは持ち合わせていない。ただ本能で、あいつらは嫌いだと、思っただけ。
もう攘夷戦争なんて昔のことだけれど、私の奥深くに根付いたこの感情だけは、どうも薄れそうになかった。
いらない。
全身全霊で、そう警告している。


路地を曲がってすっかり顔馴染みになった茶屋へと向かう。出迎えてくれた若いお姉さんは見たことがなかったから、おそらく新人のバイトなのだろう。いつもので、と言っても通じないことに気付き、桜餅と薩摩芋プリン、それからお茶、とメニューを見ずに言うと驚いたように一度動きを止めてから、わかりましたと言って下がって行った。


それほど時間がたたないうちに女主人自ら頼んだ品を持ってやってきた。
白い肌に、それによく映える長く黒い髪。すらりと長い手足に切れ長の目。彼女の格好よさに惚れてここに通うようになってから大分経つけれど、その輝かしい容姿と雰囲気が衰えることはなかった。

「いらっしゃい。久しぶりね。」

しゃん、と髪飾りが音をたてる。

「そうかも。最近姉に娘ができたり兄が結婚したりでばたばたしてたから。」
「あら、ちゃん、おばさんになったのね?」
「うわぁ、嫌な言い方!」

くすくすと笑う彼女。笑い方も大好きだった。どうやったらこんなに美しい雰囲気を纏うことができるのだろう。



カランカラン。



音がなってドアが開く。客がまたやってきたようだ。なんとなくそちらへ目をやると銀髪の青年がけだるそうに入ってきた。
女主人―桐子―がにこりと微笑みながら、彼の名前を呼んだところを見ると、どうやら知り合いらしい。
特に興味もわかなかったのでおとなしく桜餅を頂戴することにした。
はずだった。

「・・・・・・・・・・桐子さん。」

店の奥へ引っ込もうとする彼女を呼ぶ。

「何かしら?」

髪をなびかせて振り返る。




「なんでこの人は私の前に座るのでしょう。」




当然のように向かいに腰を下ろした彼を爪楊枝で指差しながら私は言う。
当の本人はそんなことはおかまいなしに、いつものね、などとぬかしていた。

「彼、ちゃんと同じでうちのお得意様なのよ。今まであなたたちが出会わなかったのが不思議なくらいよ?二人ともよく来ていたのに。」
「はぁ。まぁ彼が何者だろうと構わないんだけど目の前に座られるとそれなりに不愉快っつーかなんつーか。」

笑いながら桐子さんは私の方へやってきた。やっぱり美しいなぁとまじまじと眺めてしまう。
・・・・・じゃなくて。

「だからなん、」
「彼、元攘夷志士なのよ。」

にこり。

「だからちゃんと、是非話してみてちょうだいってお願いしたの。」







先に耐えられなくなったのは私だった。
突然わけのわからない青年と話せと言われても何を話せばいいのかなんて当然わかるはずもなく、私は黙って菓子を食べていた。しかしもちろんそれは消費されるものなのだから無くなってしまうのは当たり前で。


「・・・いい天気ですね。」


色々間違った言葉が口をついて出てきた。
まぬけかつ平凡な切り出し方だと内心焦る。目の前の名前も知らない青年の動きがあきらかに変なポーズのまま止まってしまったことに、何故かさらに焦っていた。

大体知らない人と一体何を話せと!

「・・・天人はたくさん飛んでるけど。」

自分で質問しておきながら、意外と普通に返ってきたそんな返事にぽかんと口を開けてしまう。

「・・・・・・・・・・。」
「あんた天人嫌いで有名なんだって?」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・いやなんか返事しようよ。」

あまりにも抑揚のない声で彼は言う。相も変わらず何を考えているのかはわからなかったけれど、思っていた声とは何だか違うので、意味もなく安心した。

「はぁ。嫌いですが。」
「何で?見た目キモいから?」
「いやそれはたぶん関係ないんですけど。私他人の顔がどうだろうが知ったこっちゃないので。」
「あーわかる、綺麗な顔してるとムカつくよね神様のばかやろーって感じで。」
「人の話聞いてました?っつか論点ずれてますけど。」

食べおわったらしい彼は手を胸の前でぽんと合わせ、ごちそうさまでしたと言いながら頭を下げた。また、話すこともなくなりなんとなく手持ち無沙汰になる。ストローでグラスの中を掻き混ぜると、氷がカラコロとしげな音を出した。
じい、と青年を見つめてみる。本当に白いんだなぁ、といやでも目につくその髪へ視線を向けた。こういうのを銀髪というのだろうか。光に透けて、影が青い色をしていた。

初めてみた、青い影。

す、と手を伸ばす。


「ぉわっ!!??な、ちょ、何すんの!!??」


彼のあげた、悲鳴に近い声を聞いて、私は、はっ、と我に返った。
まず驚き、そしてその後、失礼極まりないと思いながらも、全体に行き渡らなかったことに後悔した。

きらきら光る、白銀の色。

「きーれー・・・。」
「はぁ!!??何感動してんのあんた砂糖人の頭にぶちまけといて!!」
「いやそっちの方が綺麗だよ影の具合とかその他もろもろ。」
「まず謝れ。」

砂糖の結晶(っていうのかどうかは知らないけど)できらきらと光る頭をした青年が黙って私を睨んでいる。

「・・・だってせっかく綺麗な銀髪なんだか、」
「桐子さぁーん、さくっとこいつ殺っちゃっていいですかー。」
「・・・ゴメンナサイ。」

綺麗な銀髪、を見ていたら無性になんだか悲しくなって、何かせずにはいられなかった。アイスコーヒーとどちらにしようか本能の隅で少しだけ迷ったけれど、銀を際立たせてくれるのは透明で小さな粒の方だと判断した。案の定、それは愉快なほど輝いている。

「・・・面白い・・・。」
「ねぇ、ちょっと本気で殴るよあんた。どーしてくれんのこれ。」
「・・・糖分の取りすぎにはご注意ください・・・?」
「・・・・・・・・・・。」

呆れられた。

「・・・日々の憂さ晴らしですか何なんですか天人そんなに嫌いですか。」
「いやだから別に八つ当りとかじゃなくてっつか天人はただ単に本能で嫌いなだけで。」
「差別?」
「そうかもね。」
「最低じゃん。」

ぱたぱたと、頭についた砂糖を取り払いながら彼は言った。汚い、と顔をしかめたら、クッキーが一枚、すこん、と良い音を立てて私の顔面にクリーンヒットした。

「元攘夷志士なんでしょ?嫌いじゃないの?」
「俺は別に攘夷推奨派だったわけじゃないし、うちの子一人天人だし。」
「・・・子供いんの?」
「居候です。失礼なこと言わないでくれる?」

ふうん、と気のない返事をして、私は水のおかわりを頼んだ。
攘夷志士。
小さな頃、毎日耳にしていた四つの文字。この人たちも私と同じように考えているのだろうかとテレビを見ながらぼんやりと考えていた記憶がある。

「俺さぁ、あんたと考えてることは違うけど考え方が同じやつ知ってんだよね。」
「・・・は?」
「そいつまじ迷惑なやつで。何がしたいのかわかんねー。」
「え、何それその人に似てるってことは、何、私に喧嘩売ってんの?」

意味もわからないまま反論する。桐子さんが水と、それからおまけ、と言って和菓子を一つ、差し出してくれた。

「何?何の話?」

空いた皿を下げながら彼女は言う。

「俺の人生の教訓をちょっとね。」
「嘘ぶっこくな。喧嘩売ってきたんじゃんか。」
「喧嘩?何そんなに仲良くなったの?」
「はっ。」
「何よその蔑みを含んだ笑いはっ!」
「なんだよ、だってお前、理由もなく天人嫌いなんだろ?」

差別はいけません、と始めと少しも変わらない、ほとんど感情もこもっていなさそうな声で彼は言う。
嫌いなもんは嫌いなんだからしょうがないじゃないか、と私は思った。
理由、なんて、ないに等しい。ないわけじゃない。ただ、そんなものがあったところで、何の役に立つというのだろう。
桐子さんと青年が何やら話し込んでいるのを意識の端でなんとなく捉える。憧れの女性と、攘夷志士の青年と。
よくわからないこの組み合わせと、そこに自分がいることが滑稽で、気が付けば自嘲気味に笑っていた。

「なあに?何がおかしいの?」
「んー?べーつにー?」
「こら、そういう答え方するんじゃありません、お父さんはそんな子に育てた覚えはありません。」
「育てられた覚えもありません。」


天人だらけの江戸の町が大嫌いだった。


大好きな人たちがいるこの町が、私の目の前で変わっていってしまったから。

だけど、

彼らが笑っているなら、それもいいかな、なんて。

嫌いなこの町に好きなものが増えた。

沈んでいく夕日が見える。

明日また、ここに来てみようと思った。


END
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遅れて申し訳ありませんでした。もろちゃんに捧げます。

06年10月14日


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