★いち、かんけいないひとのはなし

「ぐーてんもるげんボンゴレ十代目!六道骸ただいまドイツ任務から帰りました!と言っても勝手に行ってきただけなんですけど。その間影武者・・・じゃなかった可愛い髑髏がお世話になっていたと思いますのでちょっとお土産持って挨拶にやってきたわけで、ほらほらHARIBOですよ!って、うわあこれまた随分と辛気臭い顔してどうしたんです?あ、きのこ」
「・・・お前ほんと毎回楽しそうね。っていうかきのこ生えてないし!」
「生えてるなんて言ってないですよちょっときのこが食べたいなと思っただけですがほんとに生えてるんですか?大丈夫ですよルフィにもきのこは生えていましたから」
「下ネタ禁止だって言ってんだろ絞め殺すよ」
「銃殺希望です、苦しいのは苦手なんで」
「専門だろ。じゃあもうむしろ沈め」
「貴方とならばどこまでも―――って、待ってください撃たないで!!」
「撃ち殺されたいって言ったのはお前だろ。俺は今最高にイライラしてるんだ、今ならあのうざいテンションの獄寺くんにも銃口を向けられる」
「いや、この間会議中にべらべらといらぬことを口走った彼に正真正銘本物の銃を突きつけてたの見ましたよ」
「あー、ちょっと骸さあ、ジュース買ってきてよ。なっちゃんが飲みたい」
「・・・日本に行け、と。しかし何ですか何ですか本当に機嫌が悪いですね。愛する笹川京子と何かあったんですか?」
「京子ちゃんとは順調ですご心配なく。どっかの風紀委員と山本の馬鹿がね。で、お前には関係ないから、今すぐ帰れ」



★に、かんけいあるひとのはなし

 そういえば小学校の頃に興味本位でクラスの連中と熊の飼い方とかそういう本を読んだことがあるけれど、そこに猛獣の話は載ってたっけ?と、山本武は首を捻った。捻ったところでまさかそんな危ない内容のものが小学生が読める本に載っているわけはないのだけれど、それでももしその本にそういうものが載っていたら山本の今の状況に何か少しの希望的観測をもたらしたかもしれない。というのは彼が今、まさに猛獣と呼ぶに値する生き物と対峙する羽目になっているからであって、決して好き好んで猛獣と絡んでいたいわけじゃない。

 さて、目の前の猛獣は、見た目だけではわからない、性質の悪い猛獣だった。どちらかと言えば愛くるしい外見をした、そんな生き物である。ただし、問題なのはその身に纏っている尋常ではない負のオーラで、おかげで今この場に山本とその猛獣以外の生き物は生息していない。そういえばさっきまでピーチク可愛く鳴いていた鳥がいなくなったなあと山本が認識した頃には、すぐ背後に猛獣が迫っていた。間一髪で山本がその猛獣からの攻撃を避けられたことと並んで、そんなに迫るまで猛獣の気配に気づかなかった山本の感性は、最早奇跡以外の言葉では表せない。
 突然の招かざる客からの攻撃は最初の一発だけで終わるわけもなく、しばらくちょっとしたバトルを繰り広げ、大体半日くらい経過したところで猛獣は疲れたのかそのまま立った状態で眠ってしまった。どう見ても邪魔にしかならないその存在に、できれば横になれと山本は言いたかったけれど、そもそも起こすこと自体がおぞましい。
 そういうわけで様子を見ていたのだけれど、山本が観察に飽きて風呂に入りご飯を食べテレビを見て眠って起きてもまだ、その猛獣は同じ姿勢でぐーすかと眠り続けていたので、さすがの山本も、そろそろ声をかけてみるかという気になったのだった。起きていきなり機嫌が悪かった場合はどうすればいいんだろうと悩んで、そこで先ほどの小学生だった頃のどうでも良い話に結びつくわけである。

「うーん、声かけるっつったってなんてかければいいんだろな?大体今日はいつもより何だか機嫌が悪いみたいだったし」
 どうすべきかきっかり3秒さらに悩んで、結局山本は普通に名前を呼びかけるという手段に出た。



「雲雀」



 猛獣―――もとい雲雀恭弥は、それでもやはり起きなかった。
 その後もしばらく声をかけてみたり優しく肩を叩いてみたり耳元で囁いてみたりとなるべく優しい方法で色々と試行錯誤してみたものの、どれも効果はなく、一向に雲雀は目を覚ます気配を見せない。
 仕方なしに一発本気でぶん殴るかと気合を入れたところで、

「噛み殺すよ」

 と、至極当たり前のように彼は起きた。
 起きたと同時に山本は、雲雀の細腕から繰り出されるには信じがたいほどの強度を持ったタックルを食らい、臨戦態勢には入っていなかった彼の体はいともたやすく闇の奥へと消え去った。ガシャアアアン!と凄まじい音がして、山本は雲雀の視界から綺麗にフェードアウトしていった。
 その間たったの1秒弱。
 だから山本自身も自分が吹き飛ばされたことを認識する前に、全身に一瞬で走った激痛に、意識を手放す羽目になる。これでは仮に山本が猛獣の扱い方を心得ていたとしても、意味がなかったに違いない。猛獣に対する唯一の保身方法は、近づかないことである。
「・・・よく寝た」
 山本を飛ばした雲雀はどこかすっきりとした表情でそう呟き、しばらく部屋をきょろきょろと忙しなく観察していた。全身の警戒を徐々に解いていったのは、この場所が自分の知る部屋の中だと気づいたからなのだろう。勝手知ったると言った調子で、一人暮らしをするにはいささか広すぎる家の中を歩き回り、最終的に冷蔵庫から拝借した食料を持った状態で、リビングのソファに落ち着いた。

 ついでに言うと山本は吹っ飛ばされて部屋のハンガーラックに突っ込み、現在は戦闘不能状態である。



★さん、かんけいないひとのはなし

「てめえ人の部屋で何してんだ今すぐ果てろ」
「ハヤトはすぐ怒りすぎー。部屋にいるくらい別にいいじゃん。王子なんだし」
「王子だろうが王様だろうが宇宙人だろうがなんだろうが今の世の中には不法侵入は犯罪って決まりがあんだよ!」
「こないだ来た時に置いてったお泊りセットはどこ?あれに全部入ってるのに」
「ああ、そこのクローゼット・・・って聞けよ人の話!そんで帰れ!」
「寝たら帰る」
「・・・・・・」
「そういえばこの間パリでハヤトのお姉さんにあったよ。相変わらず毒持ってそうだった」
「・・・あー、まあ、否定はしねえけど」
「まだ苦手なの?お姉さん」
「別に」
「だめだよー仲良くしなきゃあ。王子なんてこの間ランチに行っちゃったもんね」
「はあ!?お前姉貴と知り合いだったか?」
「ちょっと前にここで会った」
「・・・ここで、って、おいどういうことだ」
「ちょっとお邪魔してたらお姉さんもちょっとお邪魔しに来た。すぐさま意気投合、仲良し」
「・・・っんとにてめえらまじで殺す!」
「殺すとか怖っ!それよりさあ、ハヤトのさあ、ほら何て言ったっけ、鳥みたいな名前のやたら強いのいるじゃん」
「お前それ雲雀のこと言ってんのか?ついでに言うと雲雀は俺の何でもねえしあいつの名前は正真正銘鳥の名前だ」
「それそれヒバリ。あいつたまにとんでもない殺気を撒き散らしながら街歩いてるよね」
「あいつが殺気立ってんのなんていつもだろ」



★よん、かんけいあるひとのはなし

「で、今日はまた随分とご機嫌ナナメみたいだなー。何、いつものじゃないの?」

 早々に復活した山本は、先ほど自分がひどい目に合わされたことなど綺麗さっぱり忘れているかのように、ソファで寛ぐ雲雀の頭をこつりと叩いておどけたように言った。それは自殺行為のように他人は思うかもしれないけれど、それは数年来の付き合いで雲雀の機嫌を空気だけで見極められるようになった山本のなせる業だった。

 基本的に雲雀は喜怒哀楽が激しい。だからこそ誰が見てもその四つの感情を見極めることくらいはできるのだけれど、問題は『どうしようもなく』雲雀を怒らせるか怒らせないかの境界線だった。その非常に細くわかりにくい境界線を器用に避けて回れるのは、世界広しと言えども数人しかいない。
 山本はそのうちの一人だった。

「いつものだよ。何、文句でもあるの」
 そう答えた雲雀の顔はあからさまに不機嫌なものへと色を変えるけれど、幸いなことに山本を攻撃することはしなかった。もちろんそれがわかっていて山本も近づいているのだけれど。雲雀の手の中で、マグカップがみしみしと音を立てる。それを聞いた山本は、雲雀からさり気なくそれを奪い去る。お気に入りのマグカップを破壊されてはたまらない。
「文句、ってわけじゃねえけど。あんなバシバシ殺気放ってっと、どっかのマフィアに目つけられんじゃねえの?」
「心配無用。噛み殺すだけだから」
 振り向きざまに、山本の手を引寄せると、雲雀はそのままカップに口付けて一気に中のホットミルクを飲み干した。ぎちりと山本の筋肉が音を鳴らすほどの握力で握られている。数秒その様子を眺めていた山本だが、筋肉が悲鳴をあげ始めた。
「雲雀、痛い、離せよ」
「どっちが」
 言われて結局手を離したのは山本だった。
 空になったマグカップが、すとんと雲雀の膝に落ちる。つ、と歪み一つない乳白色のカップの表面を人差し指で撫で、ふうん、と雲雀は呟いた。口の端を嫌な感じで吊り上げた雲雀に、山本は苦笑しか返さない。
「これ、どっかで見たと思ったら」
 そのまま柄を起点としてカップの底面が見えるように指一本で持ち上げると、そこには油性マジックで『山本、誕生日おめでとう!成人おめでとう!』と書かれていた。その周りを埋め尽くすのは雲雀も一応見知った名前。隅には雲雀の名前も小さな字で書かれている。
「沢田綱吉も大概馬鹿だよね」
「んー、昔だったら否定しねえけど。今やマフィアのボスだからなあ」
「マフィアのボスとかそんなの関係なく、昔も今も大して変わらないよ。ねえ、この陶器、一体いくらするか君知ってる?」
 マグカップを陶器と表現しただけで、それが突然何か特別な高級品に見えてくるのだから言葉というのは不思議だ。山本はなおも苦笑し、しかし今度は、はっきりと返事をする。
「詳しくは知らないけど・・・なんか獄寺が色々言ってたな」
 雲雀は蔑むような目で山本を見ると、
「一千万だよ」
 と、何でもないことのようにそう言った。
「げっ!いや、獄寺が知り合いに探してもらったとか言った時点でなんとなく嫌な予感はしてたけど!うわあ・・・そんなにすんのかよ・・・百均とかだと思ってた・・・」
「二十歳だからとか言ってあの馬鹿たちは盛大なプレゼントを用意しようとしてたのに、欲しいものを聞かれた君はとんでもない答えを返してきたからね。そういう救いようのないほど馬鹿なところ、嫌いじゃないけど」
「褒めるか貶すか、どっちかにしてくれ・・・って投げんな!あぶね!」
 ひょいと野球ボールでも投げるような感覚でカップを投げてよこした雲雀に、山本は慌てて腕を伸ばしそれをキャッチした。さすがはかつて野球馬鹿と呼ばれた男、言葉は焦りながらも、その動きは実に安定したものだった。それからカップを裏返してそこに並ぶ文字を見つめぶつぶつと何かを呟いている。あの時はほんとにこれが一番欲しかったんだよな・・・と過去の自分を思い出しながら頬を掻く山本に「だからって二十歳の日本男児で今一番欲しいものはホットミルクがおいしく飲めるマグカップとか馬鹿なこと言うの、君くらいだよ」と大して興味はなさそうに雲雀が言葉を重ねた。
 バチン、と電気の爆ぜるような音を立てて、テレビの電源を入れた雲雀の目に飛び込んできたのは、ニュース番組だった。美人と評判のキャスターが、さも重大なニュースかのように何かを捲くし立てている。きっと世間にとっては重大なニュースなのかもしれないけれど、雲雀にとってはどうでも良いことだった。
「で、もう収まったのか?」
 細心の注意を払いながら山本はカップをキッチンの流し台まで持っていくと、音を立てないようにそっと銀のタライの中に置く。二センチほど張っていた水が、カップを置くと中心からゆらゆらと揺れた。水面に移っていた蛍光灯の光がバラバラに砕けていく。
「すっきりした」
「ならいいけど」
「・・・別にどうだっていいんだけど。君も物好きだよね」
 目の前のテレビに大きく映し出された芸能人の離婚を告げる文字を目で見遣りながら、雲雀はガンッと足をテーブルに乗せて、先ほどよりも深くソファに沈む。簡易カウンター越しにその様子を見ていた山本は、数秒じっとした後、結局側まで歩み寄り、その隣に人一人分空けて腰を降ろした。
「・・・何でだろうな」
「・・・は?沢田綱吉のためじゃないの?」
「え?ああ、うん、それもあるけど、でもそれは本音じゃないよ、たぶん」
「じゃあ何なの」
「何だろうな、少なくとも猛獣に興味があったわけじゃねえけど」
「何、猛獣って」
 どうでもいいような会話を惰性で続ける。雲雀と同じようにテーブルに足を乗せるという行儀の悪いことをした山本は、かかとをつけてしばらく足首を左右に揺らしていたけれど、気づけばつま先を雲雀に預けるようにして、そこで動きを止めていた。



「何でだろうな」



★ご、かんけいないひとのはなし

「ハヤトハヤト、煙草!煙草の煙が目に!」
「そりゃよかった思いきり堪能してくれ」
「もしもこれで王子が肺癌で死んじゃったらそれは間違いなくハヤトの吸う煙草の副流煙ってことになるね。それは嫌だなあ」
「こっちだって願い下げだ馬鹿。っていうかこんな世界に身を置いてりゃ煙草の煙くらい日常的に浴びてるだろうが」
「うん、でも至近距離で長時間浴びてるのはハヤトの煙だけだと思うよ」
「さりげなくキモイこと言うな死ね」
「っていうかさあ、ボンゴレは皆揃って君の副流煙で死ぬかもしれないってことじゃん。それってやばいね、いしし」
「死なねえよ。大体どう考えたって雲雀とか山本のアホはそんなヤワじゃねえだろ」
「そうだその雲雀って人の話してたんだった。あの人、沢田綱吉のこと殺したいみたいだね」
「はあ?何言ってんだお前」
「あれ違うの?あの異常なまでに周囲を呑み込む殺気は絶対沢田綱吉に向けられたものだと思ってたんだけど」
「まあ、雲雀はもともと一匹狼なところがあるからな完全に味方だとは思っちゃいねえけど。にしても滅多なこと言うんじゃねえよ。俺らは別にどうでも良いけど、上がそれ聞いた日にゃ黙っちゃいねえっつの」
「それもそれで面白そうだけどね」
「お前よく雲雀の戦いを目の前で見ておいてそんなことが言えるな。それこそ街一つくらい消し飛ぶぞ」
「そしたら二人で逃げる?」
「ほんとに死ね」
「冗談なのにー。ほんとにすぐ怒る」



★ろく、かんけいあるひとのはなし

 最初に山本が異常なまでに殺気立った雲雀と遭遇したのは本当に偶然だった。その日の山本の任務を考えれば当然の結果なのだけれど、そもそも山本がその任務にあたることになったのは、獄寺に別件が入ってその任務を遂行できなくなったからだった。
 ロシア西部で力を付け始めているという中堅マフィアとの話し合いで、沢田がイタリア北部の小さな村を訪れていた時のことである。その護衛を兼ねて付き人として行動を共にしていた獄寺と交代するために村へ向かい、簡単な引継ぎを済ませ、会議の行われている部屋の隅でぼんやりとしていた時だった。大きな洋館の庭にいた数匹の犬たちが急に怯え始め、その異様な雰囲気を感じ取った山本は、同じくその異変に気づいていた沢田に断わりを入れて部屋を出た。もちろんその部屋には山本の他に護衛がもう一人いて、彼からも許可が降りたからこそ行動できたのだけれど。
 庭の終わりは、その正面に立ちふさがる大きな森と一体化するようになっていて、どこからが森なのかはっきりとはわからない。生い茂る緑をこれほどまでに恐ろしいと思ったのは初めてだった。山本は慎重に歩みを進めていく。館の女主人が「この森は一年中鳥のさえずりが絶えないんですのよ」自慢していたはずなのに、今はしんと静まり返っている。

 はっきりとわかるのは殺気だけ。

 全神経を集中させながら、ゆっくりと森へ足を踏み入れると、一層殺気は強くなった。粘りつくような、纏わりつくような、そんなおどろおどろしい殺気に、山本は引き返したくもなったけれど、なんとかその気持ちを抑えて前へ進む。生態系を間近で見ることができる森のはずが、今や生き物の気配など微塵も感じられない。ただただ皮膚にまとわりつくように殺気だけが森中に充満していて、それに誘い出されるように嫌な汗が全身から吹き出している。

 そして、山本は直感した。
 自分は、この殺気を知っている。

 緊張で寿命が縮まったのではないかと思われるほど神経をすり減らしている山本の前に、彼は唐突に現れた。
 やあ、とそんな軽い調子で現れたのは山本のよく知った顔だった。

 ボンゴレファミリー雲の守護者雲雀恭弥。

 見知った顔ではあったけれど、それでも彼から発されるその尋常ではない殺気と、それからなまじ彼の実力を痛いほどよくわかっていた山本は、自分の置かれた状況が決して楽観視できるものではないと悟る。近づいてくる雲雀は並盛中学の廊下ですれ違ったときのようにゆっくりと右手を挙げてそれから。



「沢田綱吉を噛み殺しに来たよ」



 と、笑顔で言ったのだった。










「あれは世界が終わるかと思ったな・・・」

 結局帰るのが面倒だとかなんとかそんな理由で未だリビングのソファでふんぞり返る雲雀の横で、山本は過去を思い出していた。目の前のテレビはとっくにニュース番組から切り替わって、今イタリアで人気のコメディドラマを映し出している。雲雀はちらりと山本に視線を向けたけれど、それだけでまたテレビへと集中してしまう。
「雲雀―。聞いてる?」
「聞いてない」
「聞いてんじゃん。今俺、殺気立ったお前と初めて会った時のこと思い出してんの」
「ふうん」
「それだけかよ!ほんとにもう、ああ世界が終わるなって思ったんだぞ俺は」
 山本の大袈裟の言葉を受けても、雲雀はやはり大して興味を示さずに、「終わればいいんじゃない」などととんでもないことをのたまう。山本はソファに預けていた背をゆっくりと引き剥がすと、今度は雲雀にそれを預けた。頭を肩に乗せるようにしても、別段雲雀は反応を示さない。あくまでもテレビに集中している。
 イタリア語で繰り広げられるコメディを、特に笑いもせずに見ること数十分。何の前触れもなく雲雀は電源を入れた時と同じようなバチンという音を立てて、今度はその電源を切った。コマーシャルを挟んだわけでも、もちろん番組が終わったわけでもない。山本が不思議そうに身体を起こすと、雲雀は眉間に皺を寄せてじっと山本を見ていた。何か考え込んでいるらしい。
「沢田綱吉のためじゃないってさっき言ったよね」
「・・・へ?あ、うん」
「君、争い事嫌いなんじゃなかったっけ」
「嫌いだよ。平和が一番。平和に野球が出来てればそれで幸せ」
 山本の生活はもちろんその平和からはほど遠いところにあるわけで、その平和な生活を自ら捨てたのは、遠い昔のことである。選択が間違いだったとは思わないけれど、それでもそれを懐かしむ程度には、あの平和な世界が好きだった。それを沢田や獄寺の前で言ったことは今までにないし、それにこれから先一生ない。
「へえ。じゃあただの馬鹿なの?」
「きっついこと言うなあ。んー、何だろうなあ、お前と戦うのは好きなのかもな」
 へらりと笑う山本に、雲雀は不快そうに目を細め、手に持っていたテレビ雑誌で山本の頭を思い切り叩いた。
「争い事が嫌いって言ったのはどの口?」
「・・・俺だけど」
 両手で頭を抱えて山本は痛みに耐えている。ただの市販のテレビ雑誌がここまで凶器になり得るのかと山本はまた新たなことを学んだ。とりあえず一番自分に攻撃的な獄寺の側にテレビ雑誌は置かないことを胸に誓う。
「でも、これは争いじゃねえじゃん」
 ようやく痛みから解放されたら山本は顔をあげてソファの端にほとんど寝転がるように背を預けた。
「何が言いたいのかよくわかんないけど」
「だから、別に俺と雲雀は争ってるわけじゃねえじゃん。だから、嫌いじゃない」
 たぶん、とまた自信がないような言葉を付け足した山本の表情は、言葉とは裏腹にすっきりとしている。自分の中で出した答えに満足したからだった。しかし雲雀の方はそういうわけにもいかないらしく、やはりまだ眉間に皺を寄せたままだ。
「本気で殺し合いしといて何言ってんの」
「殺し合いした覚えはねえよ」
「・・・良い度胸だね」
 ぴり、と空気が変わったのを山本は感じたけれど、それでもまだ、自分は安全地帯にいることがわかっている。今の雲雀は確かに腹を立てているけれど、決して今すぐに攻撃してくるほどではない。

 自分たちの仲間であるはずの雲雀恭弥は定期的にボンゴレファミリー十代目ボス沢田綱吉を殺したいと言って殺気を辺りに撒き散らしながら敷地内にやってくる。始めにそれを目撃してから、山本はその雲雀の目的を阻止すべく、ボンゴレ最強とも言われるこの男と戦ってきた。もちろん沢田の親友としてそれを阻止しなければならないと思った、というのも嘘ではないけれど、途中から明らかに目的が変わっているのに気が付いていた。気が付いていたけれど、それを言及したことはない。必要性を感じなかったし、何よりそんなことをすぐに忘れてしまうからだ。
 唐突にやってきて全力で自分と戦ってさっさと帰っていた雲雀が、いつからか、こうしてだらだらと長居するようになっていた。最初に理由を聞いた時にトンファーで殴られてから、山本はそれを聞き出すことを諦めている。



 山本が特に意味なんて持たずに、この不毛な戦いをやめないように。



 多分、雲雀にも明確な理由なんてないのだろう。



「争い事は嫌いなんだろ」
「嫌いだよ」
 何度目かの雲雀の問いを、やはり何度目かの答えで返した山本は、自然と口元が緩んでいくのを感じた。



 ぐるぐるぐるぐる、世界が回る。



 フェンスの向こう側に見えるのは、中学生の頃からの親友の顔。



「君は争い事は確かに嫌いなんだろうけど、殺し合いは嫌いじゃないんだろうね」
「だーかーらー、殺し合いをした覚えはねえってば」
「じゃあこの傷は何なの」
 雲雀恭弥と山本武が本気で互いを潰し合うのである。もちろん二人とも無傷なわけがなく、あちらこちらに大なり小なり傷を負っていた。雲雀はテーブルに投げ出された山本の右足を雑誌の先でゆっくりと押していく。痛みに耐えるように山本の表情が歪んだ。
「病院でも行ってくれば」
「・・・雲雀もだろ」
 ボロボロに避けたワイシャツから見える包帯は、赤黒く染まっていて、その傷の深さを物語っている。
「本当に、物好きだね、君」
「うん、知ってる」

 嘲るように雲雀は笑った。

 けれど彼は気づいている。



 自分が見下す男に、結局固執しているのは自分も同じであることに。



nine day's wonder

忘れてください、ぼくは忘れないけれど




   
2010年春真誕合同本収録。世界にひとつだけの本シリーズ(笑)

11年12月04日 HP収録

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