この素晴らしい王子が二人いればいいのにー。

獄寺隼人は隣から聞こえてきたその言葉に、面倒臭そうに顔を上げた。
沢田綱吉絡みではないマフィアとしての仕事を一件片付けたばかりだった。
とにかく疲れ切った体を休ませようとベッドの中に倒れこんだ獄寺を待ち受けていたものは残念ながら安眠と言う名の楽園ではなかった。
というかむしろ「それ」を見つけた時は神様俺はなんかしましたかと嘆きたくなった。
ちゃっかりベッドを占領して眠りこけていたのは、できれば二度と見たくない顔No,1のベルフェゴールだった。
普段の獄寺ならば叩き起こして部屋から追い出していただろうが、疲れはピークだったし何より面倒臭かったのでシカトすることに決めたのだ。
完全にその存在を無視して寝る支度を整えているところだった。

「・・・それ、俺に話し掛けてんのか?」
「当たり前」
「お前みたいなのがこの世に2体もいたら世が終わるっつーの」

わしゃわしゃと乱暴に髪の毛を拭きながら獄寺は言った。言ってから後悔した。存在を無視しようと心に決めていたのについつい返事をしてしまったからだ。

「えー、ひどー。良い案だと思ったのに」
「・・・・・・・・・」
「ハヤトー今更沈黙しても無駄だからねー」

ベッドに寄り掛かる形で床に座っていた獄寺は上からかぶさるように腕を伸ばしてきたベルフェゴールを、眉をしかめながら振り返った。

「大体なんでお前こんなとこにいんだよ・・・」
「王子だから」
「死ね果てろ二度と俺の前に現れんな」
「言ってることはひどい割に元気がないねぇ」

疲れてんだよ!怒鳴り返したかったが、そんなことのために体力を使うのが馬鹿らしくてジロリと睨むだけに留めておいた。

「お前、ヴァリアーのボスんとこにいなくていいのかよ」
「んー、今はハヤトの気分」

殴ってしまいたい。
獄寺は切にそう思った。しかし残念なことに、あまり疲れていないらしいベルフェゴールと体力勝負だなんて、勝敗が目に見えている。
仕方がないのでなんとかその感情を押し込んで、のそりと立ち上がった。

「どけよ」

見下ろしながら獄寺は言う。
いしし、彼特有の笑い方でひとしきり笑った後に、ベルフェゴールは自分の体をベッドの壁側に寄せた。

「・・・何してんだよ」
「半分こ。」

ベッドから蹴り落としてしまいたかったけれど、もうそんなものはどうでもよかった。とにかく寝てしまいたくておとなしくその半分に寝転がることにした。満足そうにベルフェゴールが笑う。
獄寺はベルフェゴールの存在を無視して眠ってしまおうと心に決めた。今なら某国民的アニメの主人公よろしく3秒で夢の世界へ向かえそうだ。

ぺたりとひっついている背中に感じる体温も心地よく感じてしまうのだから眠さと疲労が頂点に達している時の自分は不思議だ。

「二人いたらいいのに」

そろそろ意識を手放すという時になってベルフェゴールの口からそんな言葉が飛び出した。
不機嫌MAXの状態で獄寺は、誰が、と呟くように言う。

「ベルフェゴールという名の王子が」

なんで、と素直に返事を返してしまうあたり、脳が上手く働いていない証拠だ。大体先程同じ質問をはねのけたばかりだというのにそれすらも忘れてしまっている。こっち向いて、そういうベルフェゴールの言葉にすら従ってしまった。
びっくりするほど優しく額に落とされたキスにさえも抵抗するのが面倒なほど、眠気は恐ろしいスピードで獄寺の意識を蝕んでいる。

「だってそしたらボスのトコにもハヤトのトコにも居られるじゃん」
「いらねぇ」
「あ、ハヤトが二人でもいいや」
「俺が二人いたら片方は10代目の右側で片方は左側だ」

えー。抗議の声をあげた後、ベルフェゴールはしばらくいかに自分が二人いたら素晴らしいかを語っていたが、途中で思い出したように手を打った。
まどろみの中で獄寺は一応ベルフェゴールの方へ向く。

「二人いたらお互い惚れちゃうから、だめだ」

無視した。というか無視しか獄寺には選択肢がなかった。間違えても肯定はできないし、怒鳴り返すのも疲れた体が悲鳴を上げそうだ。
ねえハヤト聞いてるー?上から聞こえてくるベルフェゴールの声がだんだんと遠退き始めた。本格的に眠りの世界へ誘われそうだ。目蓋は完全に閉じてしまい、無理矢理誰かにこじ開けられでもしないかぎり開くことはないだろう。
それになぁ、もし二人居ても両方ともボスが一番なんだろうなぁ、ごめんねハヤト。
勝手なことをぬかしたその台詞が最後だった。
頭の中で、心配しなくても俺が二人いようが何人いようが10代目が一番だよバァカ、そう思った。それなのになんで今二人揃って同じベッドで寝てるんだよ、思わず漏れた苦笑にベルフェゴールが首を傾げていたことなど、もちろん獄寺の知る由もない。





夢の中の矛盾







   
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