怪しい組織にでも入会したらしい。

いやいやいやいやいやいやいや。
沢田綱吉は全力で自分の思考を否定した。ついでに言うと自分の視界に入ってくる全てのモノを否定した。否、したかった。壁中に取り付けられた武器らしいものや趣味のいいとは言えない絵たちと対面。まずそもそもここはどこなんだと綱吉は泣きたくなった。大方あのちっさいくせにやたらと強いわけのわからない家庭教師の仕業か。

「グッドイブニングボンゴレ十代目、ご機嫌いかが?」
「ナチュラルに存在してんじゃねぇよ。」
「ふふふ、嫌ですねボンゴレ、思わず口が悪くなってますよ。」
「何であんたがここにいるんだって聞いてんだよっつかそもそもここはどこ!?」

元凶は家庭教師ではなかった。もはや人間の域を超えた、本人曰く人間界以外の五つの世界を巡り巡ってきたらしい、見た目は中学生男子の六道骸だった。
花が飛びださんばかりの笑顔である。

「ええーとちょっと待ってください落ち着いた方がいいですよボンゴレ十代目、その銃らしきものを僕に突き付けるのはそもそも倫理的にも道徳的にも間違っているんじゃないですかね!」
「俺をさっさと沢田家に帰せ。」
「何か勘違いしてませんか?君をここへ連れてきたのは僕ではありませんよ?そんな、いくら僕でも寝ている君をバレずに連れ出すなんて不可能です。」

いや可能だろ!
綱吉の心のつっこみが彼に届くはずもなく。いわゆる裏拳というものをお見舞いしておいた。
六道骸、ダウン。立ち上がることは不可能のようだ。
綱吉は部屋に響き渡るくらいはっきりと舌打ちをした。

―ああ、もうっ!明日は補習があるから宿題やらなくちゃいけないのにっ!―

怒りを覚えるポイントがずれているような気もするが、そこは時期ボンゴレ十代目候補、常人とは脳の造りから何から違うということにしておこう。
床に転がる六道骸を片足で踏み付けて綱吉はベッドからするりと這い出てきた。
その際に聞こえてきた、うげ、という反応はないものと考えてシカトを決め込むのは当然のこと。
がちゃり。扉を開けようとドアノブを捻って聞こえてきたのは、ここに閉じ込められたらしいという綱吉的にできれば遠慮したい状況を説明する、この部屋に鍵がかかっていることを伝える冷たい無機質な音だけだった。

―さすがの俺もピッキングはできないしなぁ。―

この状況になって初めて、いつだったか家庭教師が、ピッキングを教えてやろう、と拳銃をつきつけて言ってきた時に、ちょっとした銃撃戦を交えてまで断ったことを後悔した。
あくまで平和主義を唄うボンゴレファミリー次期ボス候補沢田綱吉、当然のことながらピッキングなど、覚えたくもなかったのだ。
ピッキングとは、どこかに無断で入り込む時に使うものだと思っていたから、である。

―なのに何この状況!ああもう!なんでこんな時に限って獄寺くんいないわけ!?いたらこのドア爆破してもらえるのに!!―

それもまた何だか自分勝手な意見のような気もするがこれもまた、時期ボンゴレ以下略で済ませておこう。

「クフフそういえばいつもいる自称ボンゴレの右腕は今日は一緒じゃないのですね。」
「いたら今頃この部屋から出てるんだけどね、彼なら爆破できるだろうから。」

ニコニコと胡散臭い笑顔で近づいてきた六道骸をテキトーにあしらいながら綱吉は言った。

とりあえず、ここから出ることを考えよう。

あまり普段は使わない頭をフル回転させつつ、綱吉は部屋の中を改めてぐるりと見回した。どう頑張って考えてみても、ドアの役割を果たしてくれそうなものは一つしかない。
幸いにも(?)ありとあらゆる武器がこの部屋には揃っているので、例え仮にドアに鍵がかかっていても、打ち壊して脱出、という手もあるらしい。

「っていうか骸、お前はどうにかできないの?」

思い出したように、伸びたままの少年に綱吉は声をかけた。
ゆっくりとその上半身を起こしながら骸は面倒くさそうに口を開く。

「どうにか?この状況を?せっかくボンゴレと二人きりなのに?」

無視した。
とりあえずドアを破壊してみようと綱吉は壁に並ぶ武器の中から、大変破壊力のありそうな大きな斧を選ぶとがちゃがちゃと鎖から取り外した。
鎖は外れ、斧は壁から離れて自由になる。
軽く50kgはありそうな巨大な斧。
当然、綱吉みたいなひょろひょろした中学生にそれが扱えるわけもなく。

刃から真っ逆さまに落下した。

「っつあ!?危なっ!え!ちょっとほんとに足が切り落とされるかと思った!」

しっかりと床にのめり込んでいるその巨大な斧に綱吉は思わず苦笑いが出た。切れ味は抜群、ドアなんて簡単に破壊できるだろう。
ただし、ドアに向かって振り下ろせればの話である。

「クフフ」

いつのまにやら聞き慣れてしまった、彼特有の笑い方が耳に入り、綱吉は不快オーラを全面に出しながらくるりと後ろを振り返った。
見れば六道骸がくつくつとおかしそうに笑っている。

「何がおかしいんだよ」

怪訝そうに眉をひそめながら綱吉はそう言う。

「いえいえ、相変わらず貧弱なんだなと思いまして」

さらりとけなされた。

「うるさいなぁ、俺は普通の男子中学生なの!あんな重いもの持てるわけないだろっ!」
「普通?クフフ、おかしなこと言うんですね」

と、おかしなことを言った骸を綱吉は再び無視をした。

ん?

小さな物音が耳に入り、綱吉はぺたりとドアにくっついて聞き耳を立てる。
嫌な予感がした。

「ボンゴレ?何してるんですか、ドアにぺったりくっついて」
「ちょっと来て」

ちょいちょいと手を振って綱吉は骸にこちらに来るようにと合図する。扉の向こうを指差して綱吉は再び耳をドアへ張り付ける。

「・・・なんか、秒針っぽい音聞こえない?」
「爆弾ですかね」
「言うなよせっかく人が考えないようにしてることを!」

そんな馬鹿なと思いつつもその考えを捨てることはできない。一度その考えが浮上してしまうと、秒針が進む音というよりも、デジタル式のカウントダウンのように聞こえてくるのだから、人間とは不思議だ。
そう時間の経たないうちに、十秒前、などという無機質な音も聞こえてくるのではないかという不安に駆られ、気が付けば綱吉はいつのまにか部屋の隅に移動していた。

「・・・思い出した」

ぽつりと綱吉が呟く。

「何をですか?」

朝黒スーツの奴らが突然やってきて俺を拉致したんだった!青ざめながら頭を抱える。肝心な時に家庭教師は外出していて、見事に綺麗に手際よく綱吉は拉致られたのだった。最後に見たのは知らない男が愉快そうに笑う口元。薬か何かを嗅がされて遠退いていく意識の中でそれを見ていた記憶が蘇る。

思い出したら腹が立ってきた!

いらいらとした気持ちを落ち着かせようと一つ、大きく深呼吸をする。
目的が綱吉の殺害ならばこんな回りくどいことをしないだろう。大方、人質にでもされているのだろうか。となれば、保険と言う意味で、扉の外に爆弾が仕掛けてあってもおかしくない。
慎重に行こう、と綱吉が心に決めた瞬間。

「仕方ないですね」

ため息と共に六道骸が綱吉の前に歩み出た。ぽかんとした表情で彼を見上げると、あの独特の笑い方でしばらく笑い、綱吉を見下ろす。

「僕があのドアを破壊して差し上げましょう!」
「ちょ、おま、何言っ、だから向こう側に何あんのかわからないって言ってんじゃんかよっ!!!」
「何を怯えているんですか、次期マフィアのボスが聞いて呆れますね。大丈夫ですって僕を誰だと思ってるんです?たかが爆発ごときで死ぬとでも?」
「そうだねお前は死なないだろうねっ!でも俺は間違いなく死ぬよなぁ!!??」

骸が振り上げた手を綱吉が止めることなどもちろんできるはずもなく。
絶叫だけがこだました。





最短距離を進め







   
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