ただの、戯言。気の迷い。 気が付けばまた目で追っていた。その事実に気付き、一人苦笑する。気付いてもなお、視線の先をずらそうとは思わなかった。自分とは大分違う、グレイの髪。 果たしてあれが地毛なのかどうかは定かではないが、どの部分も均等にその色が浸透しているところを見ると、おそらく地毛なんだろうな、と思う。彼の姉も同じ髪の色であるわけだし。茶色をした色素の薄い髪はよく見かけるようになったけど(日本人は黒髪、というのはもはや通用しない時代だと思う)、彼のように墨を薄めたようなグレイの髪を見たのは初めてだった。髪型のせいもあるだろうが、堅そうに見えたその髪は意外にも柔らかくて驚いた。本人にそれを言うと、お前が堅いだけじゃねぇの、と返された。気持ち良くてしばらく触っていたら眉間の皺が増え続けたのでその時はそこで断念した。諦めていなかったら彼が手に持っていたダイナマイトで爆死していたかもしれない。よけるけど。 「山本!ぼーっとしてる暇があったらこの問題をさっさと解け!」 士気、八割ダウン。 せっかくいい気分になっていたというのに。 しぶしぶと問題とご対面することにした。わからない。わかりたくもない。ついでに指名されたようだったので、テキトーに、4、と答えてみた。この間の授業参観の時のように、上手くいくはずもなく。黒板で解いて見ろ!と言われた。前に出たからといって頭がよくなるわけでもないのに。狭い机と机の間を縫って黒板へと向かう。途中で、彼の横を通った。ちらりと様子を伺えばにやにやとした顔でこちらを見ていた。口パクで、阿呆だな、と言う。言われた内容は蔑みの言葉だったけれど、彼が自分を見ているということが嬉しくて自然と口元が緩む。 言った本人はわからないといった様子で顔をしかめていた。そのまま俺のことを考えていてくれればいいのに。 「先生、さっぱりわかりません。」 黒板の前に立つと、問題を見ないでそう言った。暇らしいクラスメイトたちが口々に、方べきの定理使うんだぜ、とか、それは中点連結定理だ、とか、三平方の定理だぜ、とか言っているけど、それが必要ないことぐらい、俺にもわかる。この問題は二次関数だ、図形の公式使ってたまるかっての。それでもとりあえず、先生、方べきの定理ってどういうやつでしたっけ?と言ってみた。その定理はいらん!と返ってくる。知ってるよ。 何となく振り返ってみると、獄寺の姿が視界に入った。とにかく興味がないらしい。ぼんやりも窓の外を見ていた。乙女かあいつは、と思っていると、あまりに俺がテキトーなのに呆れたらしい教師がツナを指名した。ツナが慌てて教科書を開いてあたふたしているのを見て、獄寺が指で6、と作っていた。さっきまで窓の外を見ていたのに。 「あ、わかった6!」 そう言ったのはツナではなく。 「なんだ山本!わかってるのなら早く答えんか!」 自分の口から出た言葉だった。すいませーん、といつもの調子で答えながら、再びあの狭い机の羅列の間を縫って自分の席へ向かう。先程と同じように彼の様子を伺えば、明らかに面白くないといった顔をして睨んでいた。 席へ戻ってぼんやりと考える。 俺の方が乙女じゃないか。 |