たぶん、先頭切って走りだしたのは田島くんだった。お盆明けの練習で、皆どこかまだお休みモードで、いつもなら練習開始30分前には誰かがいるグラウンドも誰もいなかった。まだ午前中だと言うのに真っ青な空からぎんぎんに照りつける太陽がさらにやる気を削いでいく。あっちー、誰かが言うと、言うな言うと余計暑くなる、と誰かが返事をした。むせ返るような夏の暑さに、私たちマネージャーを含め西浦高校野球部は涼しい影を落とす木陰から動けなくなっていた。春の陽気が懐かしい、っていうかもう忘れた。太陽の力って偉大だなあなんて思いながら周りの皆を伺って違和感に気付く、皆やる気がないわけでもだらけてるわけでもないんじゃないか。暑いのは本当だろうし、木陰から出たくない気持ちに偽りはないのだろうけど、どこか違和感。うずうずしてるような、そんな感じ。なんでだろう、首をかしげて頭を千代ちゃんに預けていたら、突然田島くんが立ち上がった。全員一斉に田島くんを見る。しばらく彼は校庭のどこかを見つめたまま動かなくて、不審に思ったらしい花井くんが、「おい田島、」と声をかけたところだった。「走れー!」、叫んで校庭のど真ん中まで、全力疾走。しかも何故か――というかきっと隣にいたから、田島くんは私の手を引いて私を引きずるように校庭を駆け抜けた。(手、繋いだ!)と私が思っていることなんて田島くんは知らないに違いない。「練習だぁーっ!」耳元で叫ぶ田島くん。田島くん以外はまるで時が止まったみたいにぽかんと口を開けたまま動かない。隣の私も田島くんを見つめたまま何も言うことができなくて、息を少し切らしながら目を何度も瞬かせた。動かない私たちをじれったく感じたらしい田島くんがまた何か叫ぼうと口を開けた瞬間、今度は阿部くんが駆けてきた。これには田島くんも驚いたらしく、一瞬目を見開いて、それから口をめいっぱい広げて満足気に笑う、「阿部も、練習したかったんだな!」、うっせ、そう呟いた阿部くんも、笑顔だった。それからはもう皆ほとんど同時だった。一斉にわぁっと駆けてくる皆に私が一瞬びくってしたら、田島くんがけたけた笑った。千代ちゃんだけが取り残されてぽかんとした顔で未だに木陰で休んでいる。それを見た田島くんが私の手を離して(ちょっと残念)、千代ちゃんの元に駆けていく。そしてやっぱり同じように半ば引きずるようにして千代ちゃんを連れてきた。「ライン踏むなよ!」花井くんが言う。陸上部か何かの白線が綺麗に引かれているのを軽快な足取りで田島くんは飛び越える、千代ちゃんはちょっとたどたどしながら、でも全部踏まずにやってきた。「野球だぁーっ!」田島くんは今度はそう叫ぶ。そしてそのままトラックを駆け始めた。皆これには早く反応してわぁっと後ろに付いていく。野球ができることが嬉しいらしい、なんだこの輝いた人たち!私が目を細めてそんなことを思っていると千代ちゃんが「皆野球好きなんだねー。ちゃんもそう思わない?」、と可愛い声で言った。皆がトラック半分くらいまで行ったところで私は千代ちゃんの手を掴んで全力で彼らの後を追った。「夏だぁーっ!」私が叫ぶと水谷くんが「青春だぁーっ!」と叫んだ。そんな夏の日。 END ++++++++++++++++++++++++++++++++ 雨も降って寒い日に、夏休みの話を更新してみる。 いきものがかり//青春ライン(おお振りOP) 08年12月09日 |