それは阿部隆也のことだと気付くまでに何故かそんなに時間はかからなかった。







年Cに恋をする







夏休みに入る少し前。
共学で野球部のあるところならばある程度は盛り上がるであろう夏の全国高校野球大会。
そういえば開会式だとか試合だとかなんとかで、同じクラスの野球部四人は公欠扱いだった。
少しだけ人数の少ない授業を二つ程終えた後に、私は面倒になって、家に帰ることを選択した。
異常な程に熱を持った、舗装されたアスファルトの上を、心地よくもなんともない蝉の声をBGMに、私はありえないほどにノロノロとした速度で歩いていた。とにかく太陽の光がすごかった。反射する光に目を何度もぱちぱちと瞬きさせていたのを覚えている。
途中で何度か店に寄ったりなんかしていたから、正確にはあの時何時だったのかもわからない。
蜃気楼でも見えるんじゃないだろうかと思うような道の先から、どうやら野球部らしい人たちが固まってこちらに歩いてきていた。


ああ、なんで体育会系の部活の人たちってあんなに暑苦しいんだろう。


独断と偏見ばかりの、しかしある意味では世間の常識になりつつある概念に顔をしかめているうちにも私と彼らの間は確実に縮まっていった。
壁から聞こえてくる隣の家のスピーカーみたいに何を言っているのかよく聞こえなかった声も次第にクリアになっていき、50mほどに距離が縮まったころには、確実に聞き取れるようになっていた。私が一人だったというのも関係しているのだろうけど。
少し吊り目の、だけど恐ろしいほど顔の整った少年――と言ってもおそらく私よりは年上だ――が、とても憤慨している様子だった。彼の隣にいる眼鏡の少年以外は何が何だかわかっていない様子だった。
始めのうちは特に彼らの会話に耳を傾けたりはしなかった。残念ながら私は野球になんてまったく興味がなかったし、クラスの野球部組とも仲がいいとは言えなかった。ましてや阿部隆也なんて、多分消しゴム貸してくらいしか会話をしたことがない。
それなのに何故か私は、吸い寄せられるように彼らの話に気が付いたら聞き入っていた。


だってどう考えたってあいつが悪いだろ!でもハルナだってちゃんと用件言ったわけじゃないんだろ?けど待ってろっつったんだよ俺は!あんな偉そうに言われたら俺だって待たないよ。


ハルナ、なんて随分可愛らしい名前なんだな、ととてもびっくりした記憶があるから吊り目の少年の名前がハルナであることは間違いなかったと思う。
一歩一歩と彼らに近づいて、その距離は20mほどになっていた。あんなに不快だった蝉の声もいつのまにか遠ざかっていた。


あ!?んでだよ!っつか俺が待ってろっつったらおとなしく待ってりゃいいんだよ!何それ、最悪な理屈なんだけど。っるせ!


確かに最悪な理屈だ、と眼鏡の少年に心のなかで激しく同意しながら私はさらに彼らとの距離を縮めていた。


アキマルはどーか知んねえけどな、あいつは言った場所では待ってなくてもどっかで生意気な口聞きながら待ってるような奴なんだよ!あのね、ハルナが彼と組んでたのは二年も前のことなんだから変わってるかもしれないだろ。


ハルナの憤りをアキマルが慣れた様子であしらっているのを、この人たちはきっと中学も一緒だったんだろうなとそんなことを思いながら眺めていた。もう少しですれ違う。私は歩く速度を少しだけ早めた。



大体なんであいつは西浦なんてトコ行ったんだろう。ま、どうだっていいけど。



すれ違った、まさにその時だった。「西浦」と聞き慣れた言葉がハルナの口からするりと出てきたので、私は自分でも驚くほどの速さで振り返った。本当に、心底どうでもよさそうに言っていたけれど、彼は間違いなく西浦と言った。しかし彼らの声はもう私の耳には届かずに、代わりにハルナとアキマルの後ろにいた他の野球部の声が聞こえてきた。
その時に私は、直観的に「あいつ」とは同じクラスの阿部隆也のことを言っているのだと確信した。野球部は他にもたくさんいるし、阿部隆也とはほとんど話したことがないから性格だってわからない。だからハルナとアキマルの話から推測だってできるはずはなかったけれど、それは本当に確信だった。
確信した私自身が一番驚いていた。










教室で花井と話し合う阿部隆也に目を向ける。
結局ハルナとアキマルについて質問することはできていないけれど、あの日の確信は今もここにある。

だから阿部隆也をやたらと意識するようになったのはハルナとアキマルのせいであって、絶対に恋なんかじゃ、ない。

END
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まぁようはあれですよね、見てるうちに好きになったとかそういう。
果たして榛名は秋丸をなんて呼んでいただろうか。(調 べ ろ)

07年09月08日


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