丘のある街で


   




「庭師って柄じゃないよね」



少女は、椿の木を丁寧に整えていくティキに面と向かってそう言った。
少女の名前はと言う。街を一望できる丘の上に立つ洋館に一人で住んでいる。昔から家は、街をちょうど半分に分かつように流れる大河を利用して運送業、とくに材木関係を取り扱って生計を立てており、街一番の資産家だった。が八歳のころに両親が亡くなったために彼女は幼いころから家の当主として君臨しているのだ。大きな洋館は街から離れた丘にある。そこでは彼女の他にたくさんの人間が生活を営んでおり、を中心に時間が流れている。
執事、料理長、家政婦に庭師。他にも怪しげな役職名のものも含め、30人前後が住み着いているのだ。
そして、今、の前に、庭師が一人。



「庭師って柄じゃない」



は再びはっきりそう告げた。
ティキ・ミックは半月ほど前に雇われた新しい庭師である。両親がまだ存命だったころからいた高齢の庭師が引退するということで執事のうちの一人が彼をどこからか連れてきたのだけれど。
これまた怪しい男なのだ。
名前からわかるように、まず日本人でないことは確実だ。国籍なんて小さなことを気にするではなかったので、そこは特につっこまれることもなかったのだが、とにかく全てが胡散臭い。容姿は大変良い方だと思う。すらりとしたその風貌は、ハリウッド映画で見た俳優のようだ。



「ホストみたい」



そしてがそんな彼に対して抱いた感情は残念ながら誉め言葉とは言えないものだった。
ティキは手に握っていた大きな鋏をゆっくりと足元に置く。



「お前もお嬢様って柄じゃねぇけどな」



主従関係がかけらも見られない二人だった。

「いや、あたしよりもひどいと思うよ、あなたのその似合わなさ具合。庭師になる前に一体何人の女性を泣かせてきたの?」

くりくりした目ではティキをじっと見る。ティキは肩をすくめてみせると馬鹿にしたように失笑した。がつん!からティキへの右ストレート。予想外すぎる行動に反応できなかったようだ、ティキはそれをもろに顔面で受けとめた。青々と茂った芝生の上に沈み込むティキを、は笑う。

「おっまえ!ほんと可愛くねえな!お嬢様はおとなしくしてろよ!」
「あたしをお嬢様って柄じゃないと言ったのはあなたでしょ?」
「そういう問題じゃねえ!」

は屈んでティキに目線をあわせると、その綺麗な手で彼の頬に触れる。顔は美しいのになんで庭師?首を傾げて尋ねても、ティキは答えなかった。
家の庭は、ここ半月で、ティキによる大改造が行われている。基本的には庭師の自由にさせているため、人によって庭は大きく姿を変えるのだ。この間までいた庭師はとにかく日本庭園が好きだったらしい。目を見張るような壮大な庭園だった。洋館に日本庭園という何か間違った組み合わせであったことに目をつぶれば、その庭はまさに芸術であったと言えよう。
対してティキが好むのは豪華絢爛な花の溢れる庭園らしい。見事に姿を変えてのけた彼に、庭師としての才能があることは確かなのだけれど、それでもは納得いかないようだった。



「というか、あなたの経歴、知ってるんだけどね?」



ぴくり、その言葉にティキは反応する。「雇う側が雇う人間についてある程度調べるのは仕方ないでしょ?」、ティキの顔に不満が現われているように思ったのか、はさして反省している風でもなくそう言う。ティキを雇うことを決めたのは執事だけれど、さすがに主への報告くらい、成されていた。

「それでよく雇う気になったな」
「あたしが、あなたの妹さんと年が同じだからじゃない?さすがに、手は出せないでしょ」
「お望みとあらば口説きおとして見せるけどな」
「遠慮する。うちの執事恐いから」

はティキの隣へと腰をおろした。風が吹き抜けて花びらが舞う。その様子を目を細めて見ているティキに、は不思議そうな顔をしてみせた。「花が好きなの?」「まぁな」なるほど、確かに花は良く似合う。ぐるりと見渡せる庭に咲き乱れる花々の選択も、素人目にも悪いとは思えないものだ。普通の女の子ならば喜んで庭の散策を始めるに違いない。はどこかズレたところがあるのでそれには当てはまらないのだけれど。の幼なじみの、海に面した街に住む少女なら、嬉しそうに顔をほころばせるかもしれない。

「あ、わかった。今まで口説きおとしてきた女の子たちに花を選んでプレゼントしてるうちに詳しくなったんでしょー」
「それだけで庭師なれりゃ苦労しないからな?」

の黒髪が風になびく。真っ白なワンピースをはためかせてティキの隣で庭を見渡す彼女の横顔にはまだあどけなさが残っている。



不思議だった。



ティキは自分が採用されたとき、それは何かの手違いに違いないと思った。ほとんど外の世界に触れることのないような箱入り娘がいるところに、自分のような遊び人が雇われるとは思ってもみなかったからだ。確かに応募したのはティキ自身なのだけれど、妹に、いい加減定職探したらとなかなか痛い一言を受け、とりあえず、と言った感じだったのだ。
不思議な少女だ、と思う。
使用人がため口をきいても何も言わないし、彼女自身、上に立つ人間だという印象を受けない。ティキの妹と同じ年だと言われても、そうは思えなかった。それはおそらく、彼女が何にも染まっていない印象を受けるから。



「なあ、なんでお前、俺なんかに構うわけ?」
「あなたのこと、知りたいから。だってせっかく同じ家に住んでるのに」



よく晴れた、ある朝の出来事だった。










認められた嘘

 









END
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第二弾はティキさんでした。あの人執事とかそういう柄じゃないよね。

09年02月15日再録

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