丘のある街で


   




とある少年の話をしよう。

少年の名前は六合鴇時という。
鴇時は丘のある街で育ったごく普通の男の子だ。少しだけ八方美人なところがあるが、その甲斐あってか友達は多くいた。少なくとも大河の流れる山に囲まれたこの街のいたるところに友達がいて、どこに行っても必ず誰かが彼のことを知っていた。

鴇時は少しそれにうんざりしていた。

道を歩けば声をかけられるというのが少し億劫に感じてしまうのだ。残念ながら引っ越すという選択肢は金銭面という鴇時1人ではおうにもならない理由で無理があった。また、この街から出るには関所を通らなければならず、そこで記録される限り、誰も知らないところへ行ったと言うことはできないと鴇時は思っている。いっそ海に出ようかと本気で悩んだ時期もあったけれど、それにも航海許可書やら何やらの手続きが必要なこと思い出して面倒になり、諦めた。

ところがある日、とても良いことを思いついた。

丘のある街、と呼ばれる割に、街の住民に丘へ入った経験のあるものは少ない。丘を含むそこら一帯が、私有地になっていて足を踏み入れることができないのだ。

家の土地だった。

家とは、大きく流れる運河と木々の生い茂る山々を有効活用して、大分昔から栄えてきた、いわば財閥のようなものだった。丘にそびえ立つ大きな洋館にその主が住んでいると噂されるけれど、その真偽は街では知ることができない。少し前までは誰も住んでいないのではないかと言われていたが、最近庭が劇的に変容したことが噂になり、どうやら人が住み、生活していることが明らかになったらしい。
鴇時は実際その洋館を見たことはないけれど、数居る友達からの情報を寄せ集めると、街の中でもかなり詳しく知っている部類に入れそうだ。

そんな洋館のそびえ立つ丘一帯。

そこに行けば、間違いなく誰も自分を知らない状況になるのだと思ったのだった。
退屈な水曜午後の数学の授業を割と堂々とサボって彼は丘に行ってみることにした。小さなころからそこに立ち入ってはいけないと言われていたけれど、とにかく一度行くと決めたら行かなくては気がすまない。学ランに身を包んでヘッドフォンをした鴇時の姿は、そこら中で見かける男子高校生と変わらないから、そんなに目立った様子でもなかった。

丘は恐ろしいほど静寂に包まれていた。守衛所のようなところをの電話番号は予め調べておいたので、そこへ電話をかけて見事に男性を外へおびき出すとその隙に少年は丘への侵入を果たした。
だだっ広い丘の先には洋館が小さなサイズになって存在していた。丘には何もないために、洋館へたどり着く前に誰かに見つかってしまう可能性も十分考えられたけれど、鴇時はそうなったらなったで考えよう!とやたらとポジティブに洋館に向かった。
ばれていてそれでも見過ごしてくれたのか、それとも本当にばれていないのか、とにかく鴇時は洋館の前まで特に何も問題なくやってきた。
実際近くで見てみるとその洋館はかなりの大きさだった。門でさえ鴇時の3倍くらいあるのではないかと思えたほどだ。
鴇時はワクワクとした好奇心を抑えながら、さて中に入れてもらえるだろうかとインターホンを押そうとした。

そしてそこで気がついた。

例えばここで誰かと会話をしたとしよう。
この洋館に出入りする人間など限られているから、確実にその相手は自分のことを覚えてしまうだろう。
つまり。
一度ここに入ってしまえば、もうここにも鴇時を知る人物がいることになってしまうのである。
それはなんだかとてもつまらないなと彼は思った。自分の街のどこにも、誰も自分を知らない土地が無くなってしまうのだ、大変残念だと鴇時は思った。
と、いうことで。
ここが永遠の彼の憧れの地であるために。

彼は結局そこで引き返してしまったのだった。

「なんだ鴇、お前今日は随分楽しそうじゃねぇか」

家に帰った鴇時は、同居人に開口1番にそう言われたが、「ちょっとね」、などと適当なことを言ってごまかしておいた。

あの場所がある限り幸せだなぁ、そんなことを考えていたのだが、同居人にはわからなかったらしい。











さて、所変わって洋館の中。

「ねー、さっき門の前まで来てた男の子はなんだったの?」

洋館の主にして家当主、は、紅茶を優雅に注いでいく男に話しかけた。
男は面倒くさそうに顔をあげ、「知らないよ街の子じゃないの」、と答えた。

「なんで来たんだろうなぁ、気になるなー、あ、そうだあの男の子、来月のあたしの誕生会に招待してよ!」
「は?何正気?探せってこと?」
「いいじゃない、どうせ探すのはあんたの役目じゃないんだし。たまにはイレギュラーな客人がいてもいいんじゃない?」
「イレギュラーすぎ」

かくして鴇時は結局家当主のお気に入りとなり、文字通り街中至る所に友達がいることになった。









唯一の知らない人へ

 









END
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夢・・・・?(←) リクエストありがとうございました、管理人は楽しかったです・・!

09年02月15日再録

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