「貧弱すぎると思うの」 家現当主、齢若干10歳前半という若さの少女――は唐突に言った。 言われた本人、この屋敷の執事という名目の男たち2人は、それぞれ仕事を進めていた手をぴたりと止め、ゆっくりとベッドに腰掛ける少女へと顔を向けた。 「・・・・、言葉が足り無さ過ぎて何が言いたいのかまったくと言っていいほどわからないんだけど?」 肩のあたりまである少しウェーブのかかった髪を揺らしながら、一人が訝しげにそう問うても同じ言葉しか返されなかった、「貧弱すぎると思うの」。仕方がないので男は一つ一つ具体的に質問していくことにした。 「何が」 「あんたたち二人が」 「・・・貧弱すぎるつもりはないのだが」 今度は先程とは違った男がゆっくりとした口調で言う。は不思議そうに首を傾げた。 「だって例えば家具ずらしてって言っても一人じゃできないでしょ?」 「大抵できないよ」 ひどく不満そうに最初に返事をした男が言う。大体何で執事に肉体的な力を求めるのかさっぱりわからない。それでも至って真剣にぶつぶつと呟くに、男たち二人は顔を突き合わせてため息をついた。 「最近、おもしろい噂を聞いたから、そいつを呼んであげようか」 ぱっ、と嬉しそうには顔を上げた。 家の或る丘は、大きく蛇行する川と連なる山脈で有名な街の外れにある。 代々続く家はそれらを上手く利用して栄えてきた所謂財閥のうちの1つだ。先代当主が亡くなってしばらく跡継ぎ問題などでごたついていた家だが、現当主――が就いてからは特にこれといった問題はない。家は基本的に地域住民とコンタクトを取ることなどほとんどないから正直街の者は彼らがどんな生活をしているかはおろか、実際家が存在しているのかさえ確信を持って答えることはできないのだ。街外れにある丘はそこら一帯の山を含め家の私有地となっていて、立ち入ることさえもできない状態にあった。 だから正直、永倉久遠は自分の家に届けられた一通の封筒に『』の名前を見つけた時、何かのいたずらだと思ったほどだった。 手紙の内容は至って簡潔で、日時と用件が記されているだけ。 どうやら家に招待されているらしいことはわかったが、かといって自分が招待される理由がわからなかった。 「うーん、でも本当にこれがあの家からの手紙なんだとしたら無視するわけにはいかないしなぁ」 学校の屋上でぽつりと独り言を呟いてみても意味がない。 「久遠先輩、何か悩み事ですか?」 ひょこりと横から顔を出したのは後輩の望月みちるだった。その側には折原栄の姿も見受けられる。永倉は少し困ったようにはにかんで、なんでもないよと答えた。この2人が言いふらすようなことをすることはないだろうが、それでもやはりあまり人に知られたいと思うようなことではないのだ。 家から手紙が来たというのはそういうことだった。 授業終了を告げる鐘と同時に永倉は教室を飛び出した。あまり乗り気ではなかったために日時を良く見ていなかったのだけれど、考えてみれば指定された時間に街外れまで行くのはかなり厳しい。家は外との連絡を悉く絶って生きている、つまるところ街外れまでいく交通手段が自動車以外ないのだった。残念ながら永倉はまだ18歳になっていないので車の免許など持っているはずもなく。仕方が無いので走っていくしかないのだった。 「―――、栄くんに頼んで連れて行ってもらえばよかったかな」 折原栄は諸事情により他人とは異なった移動手段を持っているのだ。しかし考えてみれば彼は招待されたわけではないのだから私有地に立ち入ることなど許されないだろう。あまり普段走ることをしない永倉には少々過酷な状況ではあったが四の五の言っている場合ではない。 緑が生い茂る道を出来うる限りの全力疾走で駆けていっても、永倉が家に着いたのは、約束の時間よりも20分遅れてのことだった。 家がどんな人たちなのかわからないが、少なくとも街の者たちにとっては絶対的存在と言っても過言では無い彼らに対して果たして一市民である自分の遅刻などが許されるのだろうか。そんなことを考えるとこのまま帰ってしまいたい衝動に駆られたが、しかしそれもそれで恐ろしく、結局おそるおそる呼び鈴を鳴らしたのだった。 『はい』 「あの・・・っ、遅れて申し訳ないんですけど・・、こちらに来るように手紙を、もらって、来たものです・・、差出人、が、多分、さん?だと思うのですが」 『あぁ、永倉久遠さん?今開けますのでどうぞ入ってください』 ぎぎぎぎぎ、と映画の中でしか聞いたことのないような音を立てて鉄の扉が開かれた。1階の客間にいますから、とそれだけ告げて、愛想のない声はぶつりと途絶える。果たしてこのまま1人で進んでいいものか迷ったが、あちら側が許可してきたことであるわけだし問題はないだろうと足を踏み入れた。 永倉久遠は動けずにいた。 言われた通りになんとか客間とやらを見つけてノックをしてみたところ、中からどうぞと幾分か幼い声が聞こえ、言われるままに椅子に腰かけたところで、この状況。ベッドの上から滑るようにして目の前にやってきて、じぃ、と自分を見つめたまま動かない少女に、どう対応して良いかわからず、おそらく5分以上経過した。 「・・・あの、」 「なに?」 「・・・・・・・・えーっと、俺は、なんで呼ばれたのでしょう?」 というか貴方は誰ですか、と永倉はなるべく小さな声で尋ねてみる。少女は一瞬きょとんとした表情をして見せて、それから思い出したように手を打った。 「です」 ばっさりと、彼女は述べた。 噂の家当主のその幼い姿に永倉は衝撃を受けて思わずまじまじと見つめてしまった。現当主は随分と若いという噂は耳にしていたけれどまさか自分よりも若いなどとは思わなかったのだ。呆然と見つめること約1分。 「で、貴方は何で遅れたの?」 とても不思議そうには尋ねた。 言われてみれば部屋に入ってと対面してから何も言葉を発していないのだから、侘びさえも入れていない。永倉は慌てて口を開いた。 「すみませんっ、あの、こちらまで来るのに、移動手段が徒歩しかなくて、学校終わってから急いできたんですけど、やっぱり間に合いませんでした」 「どうして歩いてきたの?車は?」 「俺、まだ免許持ってませんから・・・」 「誰かに連れてきてもらえばよかったじゃない、なんで?」 「・・・・いや、招待されたのは俺だけだったし」 「別に従者が1人くらい居たって何も言わないよ」 従者というその物言いに若干に違和感を覚えたけれど敢えてつっこむような真似はしないでおいた。どうせ永倉とこの少女では住む世界が違いすぎる。学校に行かなければよかったんじゃない、とさも当たり前に言う少女に反撃することすら億劫になってしまう。 永倉はなんとなくぐるりと部屋全体を見渡した。客間、とインターホン越しに男は言ったけれど、普通客間にベッドや化粧台などあるわけがない。しかしそれらの調度品には普段の生活で使われている様子はまるでなく、かつて誰かが使っていた部屋なのだと言うことが伺えた。 「満足した?久遠。本題に入りたいんだけど」 突然呼び捨てにされたことに永倉は驚いたが、不思議と嫌な感じはしない。こういう言い方が正しいかどうかは別問題として、それが彼女の在るべき姿、とでも言えばいいのだろうか。孤独に咲く野バラのような印象を受けた。花自体はそこまで価値あるもののようには見えないのに、凛とした姿が恐ろしいほど似合う、そんなイメージ。 丘の、よく似合う少女だった。 「あなた、ちょっとそこの化粧台、動かしてみてくれる?」 「はっ?」 なんで、と永倉が続けるよりも早く、「いいから早く」と。ああこんな町外れ(というかむしろこんな世間から隔離されたところ)まで自分達の噂は広まっているのかと永倉は苦笑した。諸事情により魔女っ子みちるんとその従者に選ばれた永倉たちは、少々他の人にはない能力を備えていたりする。それは例えば甘いものを移動させる能力だったり身体が甘くなる能力だったり空を飛べる能力だったり。最後のは彼自身のもともとの力もあるのだけれど。 そんなわけで永倉にも、変わった能力があった。ただし、 「甘いもの、あります?」 条件付きなのだけれど。 甘いってどれくらい?は不思議そうに尋ねた。「特に決まりはないですけど・・・」、永倉は困ったように微笑んだ。はしばし考え込んで、それからティーセットに入っていた角砂糖を取り出した。これでいい?、十分です、永倉はぺろりとそれをひと舐めした。 ――俺、家に仕える羽目になるのかなぁ、青司さん、怒るかな 永倉がそんなことを考えながら己の力を披露したころには、既に契約書を持った執事らしき男が有無を言わさぬような圧迫感で隣に立っていた。 「これからよろしくね久遠」 |
END ++++++++++++++++++++++++++++++++++ えーっと、永倉さん夢でした。楽しかったです、私は!遅れてすみませんでした。 09年02月15日再録 |